Web版 有鄰

469平成18年12月10日発行

有鄰らいぶらりい

遠藤周作』 加藤宗哉:著/慶應義塾大学出版会:刊/2,500円+税

さる9月15日行われた遠藤氏をしのぶ会で、友人だった阿川弘之氏は「遠藤の10年忌というから4、50人の会だと思ったら…」と挨拶の冒頭で語った。実際は800を越す人数だったのである。

それほど人に慕われた氏の唯一の弟子だった著者(作家、「三田文学」編集長)による評伝である。弟子なら批判的なことは書けまい、あるいは堅苦しい評論だろうと思われるかもしれないが、まったく違う。30年間の親交を通してみた師の「人と文学」を、多くのエピソードを通じて、率直に「洗いざらい」(著者の言葉)書いている。

氏は壮年になっても常に母親の写真を傍らに置き、「良心の規準」にした。氏の行動の良し悪しによって表情が変わる同じ写真の顔色をうかがったというのである。「周作の母親コンプレックスはこの点で〈通俗〉の枠を遥かにはみ出していた」と著者は書く。

フランス女性フランソワーズとの恋のいきさつ、三島由紀夫自決の前夜、「三島さんのところに行こう」と車を走らせながら、三島邸の近くまで来て取りやめた話、同じくリヨンに留学した荷風との類似と違い。

ぐうたらを自称しながら、(実際に願望はありながら)信仰に文学に、囲碁や芝居などの遊びにも勤勉だった遠藤氏の人間性とそこから発した文学を、細部を語ることで見事に明らかにしている。

藤沢周平 未刊行初期短編』 文藝春秋:刊/1,714円+税

『藤沢周平 未刊行初期短編』・表紙

『藤沢周平 未刊行初期短編』
文藝春秋:刊

没後10年、なお人気の根強い作家藤沢周平の未刊行初期作品14篇が発見され、このほど刊行された。完成度という点ではいま一つかもしれないが、いずれもストーリーテラーとしてのうまさを感じさせる上、固有の文学的感性がいかんなく発揮されている。

14篇は、生まれ故郷山形県庄内地方を舞台にしたものが多いが、内容は多彩で、下級武家もの、忍者もの、市井ものなどとして展開されている。いずれも短篇で、歯切れのいい文体で描かれる。

冒頭の「暗闘風の陣」は庄内南部の歴史に材を得た隠れキリシタンもので、一行が隠匿している金塊をめぐって争われるドラマだ。その地図を持って逃走した者と、それを追う忍者たちの虚々実々の合戦が巧みだ。

「空蝉の女」はがらり趣きが変わって、江戸の職人の妻の悲劇。苦楽を共にしてきた夫は、ようやく棟梁として生活が安定してきたら、外に愛妾をこしらえてほとんど家に戻らない。40になったばかりのそんな妻女をあわれに思った弟子が、同情が愛情に変わって関係を持つようになるが、所詮は気の迷い。妻の悲しみは、ますます深まっていく。この作者の慈悲心がよくにじみ出た傑作だ。

「忍者失格」など、忍者ものもスリルに満ちた中にペーソスがあふれ、この作家の興趣の原点が堪能できる作品ぞろいだ。巻末の解説は永年の編集担当者のものだけに、かゆいところに手が届くほど行き届いている。

小説家』 勝目 梓:著/講談社:刊/1,700円+税

バイオレンスロマンの作家として定評のある著者が、自らの半生を小説風に描いた作品。自らのことを「彼」と呼んで客観化しているが、「彼」とはいうまでもなく作者自身だろう。

彼は1932年(昭和7年)、東京に生まれたが、少年時代に両親が離婚、彼は母とともにその故郷鹿児島に行く。それから波瀾万丈の生活が始まる。高校を中退し、長崎の炭鉱で労働者として働くが、そのかたわら労働運動に加わり、書記として機関紙編集に従事することから活字の世界に近づき、ブンガク青年として修行するようになる。

やがて炭鉱は閉鎖になり、家で養鶏業をてがけ、金を稼ぐようになるが、文学への情熱はますます高まり、上京して同人誌「文芸首都」に参加、習作を重ねるようになる。そんな中で先輩作家森敦(『月山』で芥川賞)と出会い、その指導を受けるが、やがて森敦とは合わないことを知って別れ、バイオレンスロマンをたどるようになる。

その間の私生活はハチャメチャだ。九州で結婚、子供がいるのに上京して女と同棲、さらにこの女とも別れて別の女性と。不羈奔放である。著者の作風はまさにこの不羈奔放から生まれたものだろう。かつて小説家とはかくの如くアウトローだったと思い出させる作品だ。

子どもが育つ魔法の言葉(新装版)
ドロシー・L・ノルト:著/PHP研究所:刊/1,000円+税

『子どもが育つ魔法の言葉』は、7年前に邦訳出版されて大きな反響を呼んだ。本書は副題に「世界中の親が共感した子育ての知恵100」とあるように、その中から100の項目のエッセンスを選び出したもので、全編、子どもは親の鏡であるとのメッセージで貫かれている。

その中からいくつかの言葉を挙げてみよう。「けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる」「とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる」「子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる」「親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる」「励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる」「広い心で接すれば、キレる子にはならない」「愛してあげれば、子どもは、人を愛するようになる」など、もっともなことばかりだ。

本書を読んで少しでもその教訓を学びたいものである。

(K・F)

※「有鄰」469号本紙では5ページに掲載されています。

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