Web版 有鄰

468平成18年11月10日発行

篠田節子と『夜のジンファンデル』 – 人と作品

日常の光景から多彩なドラマを紡ぎ出す短編集

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篠田節子

15年間に書かれた6編を収録

6編を収める短編集。1編ずつ味わいが違う、大人のための上質なエンターテインメントである。

「短編は、短い枚数の中に主人公の経歴、キャラクター、ストーリーを、いかに手際よく入れられるかが重要です。同じ主人公で、さほど大きくないエピソードを扱っていく連作短編よりも、1編ずつ独立した短編を書く方が好きですね。大きなうねりのある物語が作りたいので」

冒頭の「永久保存」は91年の「小説すばる」12月号が初出。94年の短編集『愛逢い月』で未収録になった作品で、ほかに「ポケットの中の晩餐」(92年)、「絆」(98年)、「恨み祓い師」(02年)など、約15年の間に書かれた短編を編む。

左遷された男が、新しい職場で虫が好かない女性職員に会ったり(「永久保存」)、不倫の恋が終わってリゾートマンションに暮らしたり(「絆」)するような日常的にある光景が、音もなく暗転して非日常の世界に切り替わる。

最後の1編「コミュニティ」(02年)は、家賃47,000円の団地に越したサラリーマン家族が、ちょっと怖いがなぜかおかしみがある共同体に入り込んでいく物語で、鋭い社会風刺が効いている。

「”団地における逆ユートピア”という題材に惹かれて、発想しました。ワークシェアリング、男女共同参画といった言葉がちまたに流れていますが、そうした世の中が標榜する価値観を意に介さずに、団地では各家庭がそれぞれの現実に即した生活を営んでいる。団地でみられる日常的なエピソードを積み重ねて主人公を動かし、日常も極限まで突き詰めていくと、非日常のドラマが現れます。私は長編でも短編でも、題材から物語を捕まえていくことが多いですね」

夫が自殺して二人の子供を育てる主婦は、「過重労働が慣例化した企業の実態を知らせ、労働環境の改善を求めよう」と、労災申請を勧めてくる都議会議員に対して「放っといてよ」と、言う。理由は「主人は死んだけれど、何も困らない」。目から鱗が落ちるような言葉である。

「当たり前と違う発想の物語をつくる場合、過労死した際にどんな法律があるかといった世の中のディテールをきちんと取材することが重要で、小説の肝ですね。細部に落ち度があるとおとぎ話になり、大人の鑑賞に堪えられなくなる。

物語の発想は一瞬で思いつき、それからディテールを取材していく中で、マスコミの報道では分からないことが見えてきます。そこに発見があれば、ストーリーができる。発想と取材は小説の両輪なのですが、すぐにかみ合うものではなく、ある時、カチッと円環のようにはまり、そこでようやく小説が完成するかな、という感じです。取材する過程で、さらに新たな発想が出てきます。小説は、普通の学問以上に規模が大きなものです」

宗教、女性、音楽、サラリーマン家庭……と幅が広い題材

1955年、東京生まれ。東京学芸大学卒業後、八王子市役所に勤務。1990年、「絹の変容」で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。1997年、『ゴサインタン(神の座)』で山本周五郎賞。同年、『女たちのジハード』で直木賞。近著に『砂漠の船』『ロズウェルなんて知らない』『讃歌』があり、宗教、女性、サラリーマン家庭、音楽……と、題材の幅は極めて広い。

「ある題材を書いても、次はどこに飛んでいくかわかりません。基本的には、自然現象を含めて、人間の世界を動かしている大きなシステムのようなものに興味があります。人間社会を取材しているのはマスコミも同じですが、マスコミが取り落としている部分から小説を作っているようです。あることについてマスコミはこう記事にしているけれど、一般的な感覚からみてそれはどうなんだろう、と考えます。また、マスコミが着目し始めた現象にあまり興味がなく、マイナーな雑誌のマイナーな記事の中に、問題として大きいかなと思うものを見つけたり、ちょっと引っかかるものがあると、それを調べていきますね」

格差、自殺、リストラ、地縁社会。「コミュニティ」に書かれる事象は、現在、マスコミで盛んに書かれていることだ。それを、02年に発表した短編で書いている。

「出版された時に、現在の現象そのままですね、とよく言われます。肌で感じるから書くわけですし、古びて当たり前になったことは書きたくない。今を追いかけて書き始めたら、単純な風俗小説になってしまいます」

(青木千恵)

『夜のジンファンデル』・表紙

夜のジンファンデル
篠田節子/集英社/1,500円+税

※「有鄰」468号本紙では5ページに掲載されています。

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