Web版 有鄰

562令和元年5月10日発行

今村翔吾と『てらこや青義堂 師匠、走る』

師匠と子どもたちの絆を軽快に描いた
時代エンターテインメント小説

今村翔吾
今村翔吾
写真:田中麻以

寺子屋の師匠は元忍者

“鬼才”と称された凄腕の隠密だったが、伊賀組の家を出て、寺子屋を開いた坂入十蔵。師匠・十蔵と子どもたちの姿を軽快に描く、時代エンターテインメントである。

「子どもを教える仕事をしていたので、子どもたちの話をいつか書きたいと思っていました。江戸時代の史料に寺子屋の絵があり、子どもが悪戯をする様子が描かれていて、子どもたちの本質って数百年前も今も変わらないんだな、今の子どもたちの感じで描いても時代小説として通用するだろうと。寺子屋への興味から生まれた物語です」

明和7年(1770)、日本橋に寺子屋「青義堂」を構え、12人の筆子(生徒)を教える坂入十蔵は33歳になった。5年前に寺子屋を開く際、「いかなる子であろうとも見捨てはしない」と心に誓った十蔵だったが、暮らしは豊かでなく、筆子は他の寺子屋を追い出された問題児ぞろいだった――。

「現代でもそうですが、先生の存在や一言は、子どもの人生を大きく左右するものだと思います。夢や未来を助けるのと真逆の仕事を考え、人の人生をひっそり摘み取るイメージのある忍者は、光と闇の両極端に立つ存在じゃないかと思いついて、十蔵を元忍者の設定にしました」

貧しい御家人の子で、剣術は得意だが学問は苦手な鉄之助。加賀藩士の娘で兵法を好み、数々の師にたてついて青義堂に流れてきた千織。豪商の子だが、浪費癖がある吉太郎。あがり症の源也。筆子に問題が起こるたび、十蔵は奔走する。

「先生が子どもを育むと同時に、子どもも先生を育むと僕は思っていて、共に学びあう過程を際立てて描きたかった。前半は子どもたちの転機、後半は十蔵の人生の転機を描くように構想しました。もしも若い頃に十蔵と出会っていたら、闇の世界にいなかったかもしれない人物を登場させて対峙させたり、なぜ彼がそうなったのか、全ての人物に寄り添いながら書き進めました。影のような存在を描くことで、人のきれいな部分や夢や、光輝く世界を表現したいと考えています」

子どもたちの事件を解決していく中、不穏な影がちらつき始め、やがて十蔵に魔の手が迫る。物語を通して、大きなテーマが浮かび上がる。

「『童の神』でも書きましたが、負の螺旋はどこまでも続いていく。僕は、螺旋を断ち切ろう、流れを変えようとする人間の物語を書きたいと思っています。できれば美しく生きたいと誰もが心のどこかで思っているはずだと、人間を信じる気持ちを全ての物語に託しています。特に今回は子どもたちの物語なので、人のきれいな面をちゃんと伝えたかった。若い読者に、時代小説を楽しんでもらいたい気持ちもありました」

人を育てる難しさを知る主人公が一番自分に近い

1984年、京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビューし、第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。18年『童神』(『童の神』に改題)で第10回角川春樹小説賞を受賞し、第160回直木賞の候補に。他に『くらまし屋稼業』シリーズ、『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』がある。

「小学5年生の時に歴史小説を好きになり、鞄に何冊も入れて、少しの空き時間があれば読んでいました。胸が熱くなる物語をいつか自分で書きたいと、高校の卒業アルバムに『将来の夢は小説家』と書いていました。僕は道が好きで、何百年か前、今歩いているところに彼らが立っていたかもしれないと地続きのように思えたから、歴史小説を好きになったのかな」

小説家に憧れながらも、父親が経営するダンス教室に就職し、講師を務めた。生徒の一言をきっかけに30歳で退職、小説に取り組んだ。

「歴史小説を書くには人生経験が必要で、先のことと思い込んで一つも書かずにいたんです。ある時教室で、俺だっていつか小説を書いて直木賞候補になるかもしれへんぞと言ったら、先生も夢を諦めてるじゃないと言われました。言い訳を言っているだけだったと気づき、家を出て書き始めました。結果よりも、夢に向かって一所懸命になった過程を生徒に見てもらいたかった。これまでもこれからも、僕の描く全ての主人公の中で、十蔵が一番自分に近いと思います。悩んで、もがいて、成長していく十蔵を描きたかったですね。殿様を暗殺するより、人を一人前に育てる方がよほど難しいのではないか。だからこそ、素晴らしいことなんだと思います」

(青木千恵)

『てらこや青義堂 師匠、走る』・表紙

てらこや青義堂 師匠、走る
今村翔吾/小学館/1,600円+税

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