Web版 有鄰

562令和元年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

ノースライト』 横山秀夫:著/新潮社:刊/1,800円+税

『ノースライト』・表紙

『ノースライト』
新潮社:刊

大学同期の岡嶋昭彦が経営する設計事務所で働く青瀬稔は、45歳の一級建築士だ。〈あなた自身が住みたい家を建てて下さい〉と依頼されて作った「Y邸」が『平成すまい二〇〇選』に選ばれて好評だが、心は晴れない。就職難や離婚など、バブル崩壊後に修羅場を経験して、後悔に囚われている。もうひとつは、「Y邸」に対する施主・吉野陶太の沈黙だった。

“Y邸広がり”で注文が増えているものの、その「Y邸」に人が住んでいる気配がないという。〈ノースライトを湛えて息づく「木の家」を作る〉。久しく消えていた建築への熱情をよみがえらせて作った家がY邸だった。引き渡して4ヵ月経つが、家に住んだ感想もクレームも、吉野から何ひとつ音沙汰がない。様子を確かめようと、信濃追分のY邸に向かうと無人で、唯一、吉野が運び込んだらしい一脚の椅子が、浅間山を望む部屋に置かれていた。伝説の建築家、ブルーノ・タウトが手掛けた年代物の椅子がなぜそこにあるのか。青瀬は、吉野一家の行方を追う。

ベストセラーになり、海外でも高く評価された傑作『64』から6年ぶりの長編ミステリー。移り変わる時代を生きる人々の喪失と再生が見事な筆致で描かれ、読後、深い余韻が残る。著者ならではの優れた一冊である。

救いの森』 小林由香:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

子どもの自殺、いじめや児童虐待が深刻な社会問題になっている状況を背景に、「児童保護救済法」が成立し、児童保護署に児童救命士が配属されることになった。6歳から15歳までの児童は「ライフバンド」の装着が義務づけられ、子ども自らがSOS通報をし、児童救命士が対応する仕組みが作られる。

大学卒業後、採用試験に合格した長谷川創一は、江戸川児童保護署に配属された。志望していた児童救命士になれたものの、実際に現場に立つと不満はつのるばかりだ。コンビを組む新堂敦士は37歳で先輩にあたるが、勤労意欲が全く感じられず、長谷川を苛立たせる。ある日、ライフバンドの検査で小学校に行くと、突然サイレン音が鳴り響く。子どもの悪ふざけだと思った長谷川に、新堂が言う。「須藤誠は、本当にわざとやったんだろうか」。

「語らない少年」「ギトモサイア」「リピーター」「希望の音」の4話を収録。話を二転三転させる少年、家に帰らずファストフード店に入り浸る少女、子ども食堂、動画サイトなど、現代のさまざまな事象を取り込み、子どもたちをめぐる問題を浮き彫りにする。子どもを守り、育むためにどうすればいいのか? 『ジャッジメント』で鮮烈にデビューした著者による、社会派サスペンス。

ザ・ウォール』 堂場瞬一:著/実業之日本社:刊/1,700円+税

「モダン・クラシック」を標榜し、副都心の真ん中に新球場「スターズ・パーク」が建築された。大の大リーグ好きで、5年前にスターズを買収したオーナー沖真也の構想によるもので、「ザ・ウォール」と呼ばれる外野フェンスは低く、高層のオフィスビルやホテルが三方を取り囲んでいる。ビルやホテルの高層階からは、いつでも試合が観られる。新しいエンターテインメントを提供するのが、オーナー沖の目論見だ。

多額の新球場建築費用に対して、出費を安く抑えるために、選手としても監督としても地味だった樋口が「出戻り」で監督に就任する。異色スタジアムをホームにすることになったスターズだが、長らくBクラスに低迷しており「かつての名門」が枕詞だ。大リーグを参考に選手起用や打順にも口出しする沖との「ずれ」を感じながら、樋口は日本の野球にのっとり、堅実なチーム作りを進める。家族で高層ビルに越したため、通勤は徒歩十分だ。次第に軋轢が生じる中、スターズは果たして優勝できるのか――。

前代未聞の異色スタジアムを舞台にして展開する、ユニークな野球小説。2000年に『8年』でデビューして以降、スポーツ小説と警察小説を軸に活躍する著者が、変わりゆくスポーツの世界を見つめた新たな一冊だ。

真実の航跡』 伊東 潤:著/集英社:刊/1,800円+税

昭和22年(1947)6月、27歳の弁護士・鮫島正二郎は、英軍が管轄する戦犯裁判の被告人弁護を務めるため、香港に渡った。戦犯裁判ではすでに数々の絞首刑判決が言い渡されており、無罪や減刑は難しく、被告に寄り添うことが鮫島らの仕事だと伝えられていた。

鮫島と同期の河合が任されたのは、昭和19年の「インド洋作戦」遂行中に起きた「ダートマス・ケース」で、第十六戦隊司令官の五十嵐俊樹海軍中将と、重巡洋艦「久慈」艦長だった乾孝典大佐が被告人となっていた。インド洋上で遭遇した英国商船「ダートマス号」を「久慈」が拿捕しようとしたが、応じなかったため撃沈し、生存者112名を捕虜にした。そして、イギリス人とインド人の捕虜69人を殺害したという。収監されていた五十嵐中将と対面した鮫島は、不愛想だが奥行きのある人柄に惹かれていく。戦時下の状況や五十嵐と乾の間の齟齬を知り、戦争と組織が抱える圧倒的な闇と向き合うことになる。

戦争とは、法の正義とは何か。戦犯裁判が進む中で真実を探る弁護士が、戦前、戦後のはざまに立つ。実在の事件から着想し、日本の過去、現在、未来を照射する骨太の歴史小説。人物一人ひとりの姿がリアルで胸を打つ、見事な長編小説である。

(C・A)

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