Web版 有鄰

464平成18年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

ショージ君のALWAYS
東海林さだお:著/集英社インターナショナル:刊/1,200円+税

昭和ばやりのようである。この本も、著者の既刊本の中から昭和を懐かしむ文章を再編集したものだが、新しく著者となぎら健壱氏の対談を加え、「食べ物」「場所」「ヒト」「モノ」の4章に分けるなど工夫をこらしている。

「食べ物」編では、ビンの中に押し下げたビー玉が、再びビンの口をふさがぬよう常により目になって飲む「ラムネの流儀」や、凶悪な顔つきで食いちぎり噛みしめる「干し芋の作法」など。

「場所」編では、次々に廃止されている食堂車やデパート大食堂を惜しみ、『サザエさん』に出てくる丸い卓袱台やおひつに「あった、あった」と叫ぶ。

これは「ヒト」編に入ってもいい話だが、著者と同年代が数人集まって酒を飲むと、「土井垣武!」「いた!」「西沢道夫!」「いた!」「別当薫!」「いた!」の繰り返しだけで1時間もつという。

「モノ」編では、オイルからガスへ、石から電子着火へ、数千円から百円へと常に時代に身を寄せてきたライター代表が、「さようならマッチ」と弔辞を述べる。

家庭崩壊の元凶は、かつて居間の中心にいて家族団欒の拠点だった「コタツの喪失」にある、というショージ君の指摘は、笑いごとではなく、堂々たる文明批評だろう。

愛の流刑地』 渡辺淳一:著/幻冬舎:刊/上下各1,600円+税

愛欲の真髄を追求する渡辺文学の、新境地を示した作品だ。主人公菊治は50代半ばの小説家。かつてはベストセラー作家として知られたが、このところ日がかげり気味。

流麗な風の盆を背景に、物語が始まる。京都の旅先で、女友だちに紹介された中年の人妻入江冬香との激しく燃える恋だ。

菊治には、別居中の妻がいる。冬香にも夫と子どもがいるが、夫婦の関係は冷えこんでいる。二人は出会ったその日から激しい関係に陥り、冬香は女の性にめざめてくる。やがてその関係はますます深まり、非日常的な愛欲へと発展していく。

この小説の前半は渡辺文学の世界をたっぷりと堪能できることになろう。より深く、よりきわどく、より衝動的に、性愛は危険な渕へとおぼれていく。冬香はその絶頂時に、「死にたい」「殺して」と口ばしるようになる。菊治はそれを受けて、冬香の首に指をかけてしまう……。

ここからが後半だ。菊治は殺人犯として捕らえられる。自供に嘘はない。冬香の嘆願は録音もされていた。だが、それは本心といえるのかどうか。菊治は依嘱殺人を主張するのだが……。獄中で菊治は愛の終点を知る。

蛍の石』 真野ひろみ:著/講談社:刊/1,800円+税

『蛍の石』・表紙

『蛍の石』
講談社:刊

激動の幕末、攘夷か開国かで揺れる横浜の港崎遊廓にオープンした不夜城の娼館・岩亀楼が舞台である。芝居の一座から、その仲居として売られたおときは、もとは家柄のよい医家の娘だったが、没落の果てに悲運をたどることになった。

おときには太吉という兄がいたが、この兄は芝居の一座でホンモノそっくりの“生人形[いきにんぎょう]”をつくることに成功し、評判となる。その体内には光を発する“蛍石”が埋め込まれ、人気を呼んだ。

数年後、岩亀楼の仲居として働くおときは、太吉と再会する。太吉は攘夷の浪人・桜田の手下となっていた。岩亀楼で連日連夜、豪遊する桜田に、おときは思いをはせるようになるが、思いはとどかない。桜田には男女の愛などに目もくれぬ攘夷の血気しかなかった。

太吉のつくった生人形は、「喜遊」と呼ばれ、岩亀楼の外国人客にももてはやされるが、そこに目をつけた桜田はこの生人形を惨殺し、外国人客たちと争いを起こそうとする……。

絶望のなかで生きようとするおときのもとに、折りにふれて不如帰が飛来し、女の形になって生き方を暗示する。史実に幻想を重ねた展開で、とくに後半になるにつれて興味がつのる。

手鞠花おゆう』 和田はつ子:著/小学館文庫:刊/571円+税

文庫本だが、書下ろしの新作。「口中医桂助事件帖」の2冊目で、「手鞠花おゆう」など5話を収めている。どれも起承転結がたくみで、時代小説としておもしろいし、文体もイメージの喚起力も豊かだ。

全編を通じての主人公は、「歯・舌・咽」の治療医藤屋桂助で、桂助は日本橋の大店・呉服屋の若旦那でありながら、家業とは別の医者をやっている道楽息子。

今回登場する「おゆう」は日本橋の新店の呉服屋「繭屋」の女あるじ。中年増ながら独身の美貌で、人並みはずれた商才もあった。好きな手鞠模様の着物を愛用していることから、人呼んで「手鞠花おゆう」。

もう一人、ここに登場する個性的な人物が、桂助のもとへ出入りする房楊枝屋の鋼次である。房楊枝というのは、細い堅い木の先を叩いて房状にしたもので、歯の手入れに使う歯ブラシのこと。これに町医者の娘・志保が加わってにぎやかな葛藤が繰り広げられる。

ある日、内神田の油問屋から火が出て、その手水鉢に房楊枝があったことから、事件はにわかに犯罪の匂いがしてくるのだ。タネ明かしはひかえるが、よく計算された時代小説ミステリー。

(K・F)

※「有鄰」464号本紙では5ページに掲載されています。

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