Web版 有鄰

463平成18年6月10日発行

有鄰らいぶらりい

半次捕物控 泣く子と小三郎』 佐藤雅美:著/講談社:刊/1,800円+税

『半次捕物控 泣く子と小三郎』・表紙

『半次捕物控 泣く子と小三郎』
講談社:刊

処女作『大君の通貨』で歴史経済小説という新分野を開いた直木賞作家の捕物シリーズ最新作。短編連作で8話を収めている。

第1話「御奉行の十露盤」は、北町奉行の買った名画と同じものが姫路城主の酒井家にあることが分り、どちらが本物かを確かめるため、半次が絵の経路をひそかに探る。最後は画家の弟子で贋作の名人が真贋を判定するという巧妙な設定が面白い。

話し半ばに、ある事件で江戸を追い払われていた国見小三郎が突然、得体の知れぬ小坊主を連れて現れる。 半次に”疫病神”と嫌がられ、会うなり、「時分どきだ。飯をおごれ」と上等の鰻屋を指名する図々しい小三郎の動きが以後の話に興趣を添えている。

地道な聞き込みをする半次より、日本一の遣い手と威張り、実際に腕も立つ小三郎の方が主人公といっていい話も多い。

毎年、将軍家へ納める上州金山の松茸の本数が不足していた事件(第4話)。 年に七千両もかかる江戸城の畳替えをめぐる事件(第7話)では、各大名が将軍に贈る国々の産物の中に、迷惑な時献上といわれているものがあると、尾張の宮重大根などがずらりと並んでいる。 さすが時代経済小説の名手、よく調べたものである。

ウルトラ・ダラー』 手嶋龍一:著/新潮社:刊/1,500円+税

元NHKワシントン支局長による迫真のドキュメンタリー・ノベル。 全体は虚構として構成されているが、細部は記憶も生々しい事実が織り込まれていて、これで虚構の真実かと思わされる。

国際的に展開される事件だけに、登場人物も多彩だが、全編を通じての主人公役は、イギリスBBC放送の特派員記者スティーブンだ。

京都で古美術の入札を取材していたスティーブンに携帯電話が入る。

「ダブリンに新種の偽100ドル札『ウルトラ・ダラー』あらわる。 ただちに帰京されたし。……」

ここから物語は始まる。

それより先、京都で高級美術印刷を営んでいた優れた経営者が、行方不明となった。 さらに、優秀な技術者も消える。 そしてダブリンでは、新しい偽ドルの発見が注目を浴びる。 それは、偽ドルとは見えない精巧なものだった。 モスクワを経由して東南アジアで流通しているものだが、もとは北朝鮮でつくられているものらしかった。 そして、失踪事件が起きたときには、必ず東京湾に国籍不明の船舶が密航していた……。

大量の偽ドルは、北朝鮮による核ミサイル購入資金としてあてられようとしていることが明らかになってくる。 すべてが虚構と言い切れない、不気味さを感じざるを得ない作品である。書き下ろし。

99.9%は仮説』 竹内薫:著/光文社新書:刊/700円+税

サブタイトルに「思いこみで判断しないための考え方」とある。 99.9%は仮説で成り立っているというのだ。 本当だろうか。 だれしも疑問に思うだろう。評者のようにジャーナリストとして真実のみを追求してきた者にとっては、白けてしまう。 だが、読み進むうちに、その説得力は強まってくる。

著者は、まず飛行機を例にあげる。 飛行機がなぜ空に浮いて飛ぶのか。 科学的説明はだれも不審に思わない。 だがそれもひとつの”仮説”にすぎないのだという。 わかりやすい飛行原理として流布されている説明は完全なウソで、実はよくわかっていないというのだ。

飛行機だけではない。 ふだんわれわれが常識として信じているものは、すべて仮説にすぎないのだと、本書は多くの例をあげて、説明してみせる。 いや、むしろ世界は仮説でできているのだという。

本書のねらいは、こうしてわれわれが住んでいる社会は仮説で成り立っているのであるから、かたくなな思いこみを排して、柔軟な発想をもつことにあるというのだ。

たとえば人殺しなどの犯罪も、思いこみに起因するものだ。 1万円札だって紙にインクのしみがあるものと考えればたいしたことではない、というのだ。

昭和史戦後篇 (1945−1989)
半藤一利:著/平凡社:刊/1,800円+税

著者の語り下ろしによる昭和史の戦後篇。 当然ながら、マッカーサーによる日本占領に始まり、バブルの崩壊で終わる。 その語り下ろしには、もちろん濃淡がある。最初のマッカーサー占領はじつに細密に語られている。

“一億総懺悔”などといわれた時代の、天皇とマッカーサーの会談は印象的だ。 天皇は自分は戦争を望んだことはなかったが、としながらも、戦争についての自分の責任を認め、「私を絞首刑にしてもかまわない」と明言しているというのだ。 マッカーサーが天皇の人格に感動したことがこのへんの文脈から十分にくみ取れる。

新憲法制定についての経緯も詳しく語られている。 断片的には報じられていることだが、ここまで詳しく語られるのは貴重だ。

平和憲法、戦争放棄には日本側専門家の間にも根強い反発があったそうだが、最終的にはマッカーサー司令部の提言で決定した。 その空白を埋めるために設定されたのが、今日なお尾を引く日米安保だという。

資料もエピソードもたいへん豊富で、読み捨てにせず、永久保存版としていい本だ。

(K・F)

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