Web版 有鄰

459平成18年2月10日発行

佐藤洋二郎と『沈黙の神々』 – 人と作品

訪ね歩いた神社への思いをめぐらせたエッセー

佐藤洋二郎
佐藤洋二郎

神社には『正史』にない歴史が

少子化とテレビゲームの普及のためか外で遊ぶ子供の姿をみなくなったが、佐藤洋二郎さんが子供の頃は、神社が遊び場だったという。

「椎の実を拾ったり、相撲大会があったり、毎日のように遊んでいました。どうしてこんなにたくさん神社があるのか、不思議でしたね。」

日本国内には、8万余の神社があるという。子供の「どうして」が高じ、旅が好きなこともあり、大人になって神社を歩き始めた。意識的に歩き始めて20年。『沈黙の神々』は、神社について書いた本で、平成13年から17年まで「三田文学」に連載した17回分をまとめた。

1編目は、島根半島の岬の根にある「静之窟」を訪ねた記録。大国主命と少彦名命が国造りをした最初の地との伝説が残り、二神をまつる静間神社が近くにある。近辺に大田、大国、大代、大屋など、「神」の意を持つ「大」の字のついた地名が多い。そこから、〈先人たちのおもいが文字に込められているのではないか〉と、考察していく。

「神社歩きにのめり込んだ理由は2つあります。1つは、神社には『正史』に書かれていない庶民の生活、敗れ去った者たちの言葉化されていない歴史が潜んでいて、そちらの方が真実ではないかと感じるからです。2つめは、神社に行くと心が鎮まるから。どこもかしこも喧噪の日本では珍しい、人間をひっそりと包み込む静かな空間が神社にはある。そんな雰囲気が好きでお金と時間を使って歩き回ってきました。」

猿田彦を主祭神とする伊勢一宮の椿神社、日本武尊の伝説が残る加佐登神社など由緒ある神社や、産土神、氏神をまつる名もない神社を、一人で歩いたり、一人息子や文学仲間と歩いたり。同行者との軽妙なやりとりも楽しい。

「小説が進まない時は昼間から酒を飲んでいるし、妻や息子から眺めると、計画性なく行き当たりばったりの父親でしょうね。神社のそばにはいい水があって、うまい酒が造られていたり、温泉もわいている。いい土地だから神社ができ、土地が廃れて人々が去っても神社は残る。資源があればそれを奪い合う歴史があり、水銀や鉄をめぐって人々がどう攻防したのか、敗者の声がどう封印されたのか、神社から歴史を茫々と推理する楽しみは尽きませんね。」

福岡の遠賀郡を歩くと、内陸に剣神社など出雲系の神社が多く、海岸沿いには天孫系が多い。出雲系と天孫系が入り乱れている一帯もあり、『古事記』『日本書紀』にあるように、なぜ神武天皇が岡湊に長期間とどまったのかを推理する。推理小説を読むような楽しさがあるという。

「日本には『神武東征』以前の歴史があったはずなのに、文字化されていないから何もみえてきません。多くのことを隠蔽することで、一面的な歴史しか浮かばない仕組みが感じられる。ひたすら歩いていると、『正史』はほとんど嘘じゃないかと思えてきますよ。」

小説家の余技としては度が過ぎるほどのめり込む

昭和24年、福岡県生まれ。13歳で父を亡くし、中学時代に小説家を志す。土木建築会社の役員をやりながら小説を書き、平成4年、初小説集『河口へ』を出版。以後、『夏至祭』で野間文芸新人賞、『岬の蛍』で芸術選奨文部大臣新人賞、『イギリス山』で木山捷平文学賞。『ミセス順』『人生の風景』など著書多数。日本大学芸術学部助教授。昨秋、書き下ろし長編『夏の響き』を刊行した。

「神社について書くのは楽しいですが、小説を書くことはあんまり面白くない。人間が持つ多様な思考と複雑な感情を文章でとらえるのが文学で、人間を書きたいと思っています。小説家の余技としては度が過ぎるほど神社にのめり込み、古代史をテーマに小説を書かないかという話もありますが、古代の人々を書いても小説を書く手応えがあるんだろうか、という疑念があるんですね。読み物としては面白いかもしれないが、人間を書く手応えとしてはどうなんだろう、と。」

神社を歩いて、思いをめぐらせた記録『沈黙の神々』は昨年暮れに増刷した。

「増刷したと聞くと、少し複雑な気持ちになる。”貧乏の幸福”こそ生きる実感だという感覚があるから。今の日本と人間たちを書いた小説があんまり売れなくても、小説離れの風潮の中で真っ直ぐに小説を書き続けていくことに小説家として幸福を感じるものですから。長編『夏の響き』でも、頼りないが前向きに生きている人たちばかりを書いたつもりです。」

(青木千恵)

『沈黙の神々』・表紙

沈黙の神々
佐藤洋二郎/松柏社/1,800円+税

※「有鄰」459号本紙では5ページに掲載されています。

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