Web版 有鄰

458平成18年1月1日発行

逢坂 剛と『暗い国境線』 – 人と作品

第二次大戦下の諜報戦を描く「イベリア・シリーズ」第4弾

逢坂 剛
逢坂 剛

シシリー島上陸作戦を巡る人間ドラマ

スペインを舞台に第二次大戦下の日西独英米の諜報戦を描く「イベリア・シリーズ」第4弾。1939年から45年まで、足かけ7年に及んだ大戦について約1年間の動きを1作の物語にし、全6作で完結予定のシリーズだ。

「大戦時のスペインは、枢軸国と連合国の戦況を眺めつつ参戦しないという外交戦術を取りました。そんなスペインに、各国の外交官や企業の駐在員、諜報員がいて、情報収集に努めていた。日本人がヨーロッパでどう戦ったかを記した小説、研究書はほとんどないので書き始めました。誰も書いていないものを書きたい、人の真似はしたくないという欲求が、作家には強くありますからね。」

フラメンコギターの弾き手である逢坂さんは、30代初めに原稿用紙1,500枚の処女作『カディスの赤い星』(上・下、講談社文庫)を書いた。大作すぎて編集者に読んでもらえず、スペインを舞台にしたこの冒険小説を世に出したくて、別の作品で新人賞に応募、小説家になったのは有名な話である。

平成9年まで博報堂に勤務していた。会社員と作家の二足のわらじを履いて、内戦を背景にした『スペイン灼熱の午後』『斜影はるかな国』『幻の祭典』の三部作を書いた。作家専業になって書き始めた〈イベリア・シリーズ〉は日系ペルー人の宝石商を表の顔に、スペインで諜報活動をする日本の軍人・北都昭平が主人公。第4弾で描かれるのは連合軍によるシシリー島上陸作戦を巡る人間ドラマ。

地中海のどこから連合軍が上陸するのか、英国将校の死体に情報が隠され、海に浮かぶ。機密情報の運搬に死体を利用する発想、死体を海から引き揚げて運ぶ状況、死体運搬車の箱の形などを現実の史料から見つけ出して描写した。42年8月のロンドンから始まり、43年7月のシシリー島上陸作戦成功まで、丸一年の時空を書いている。

「昭和46年に初めてスペインを訪ねてドゥエンデ(魔力)に取り憑かれ、個人的に研究する中、スペイン人の職業スパイが、日本の在スペイン公使、須磨彌吉郎のために働いていた事実を知りました。彼について昭和57年にNHKが放送して話題になりましたが、知ったのは私の方が早かったのにと、苦い思いを噛みしめました。NHKの取材力に負けてしまった悔しさが、このシリーズの始まりだったかも知れない。須磨彌吉郎はシリーズを通して登場します。いろいろ調べましたが、取材や人の証言に寄りかからない方がいい。史料や写真から、あたかもその場にいて、目撃したように話を作ってみせるのが作家の腕の見せ所。あらまほしき姿だと思っています。」

少年時代に愛読したハードボイルド小説の影響が

昭和18年、東京生まれ。94歳の現在も活躍中の挿絵画家、中一弥氏の三男。中央大学法学部卒業後、博報堂に入社。55年、「暗殺者グラナダに死す」でオール讀物推理小説新人賞。62年、『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。平成13年から昨年まで、日本推理作家協会理事長を務めた。

スペインものでデビューしたが、調査マン〈岡坂神策〉シリーズ、〈公安〉シリーズ、警官ノワール〈禿鷹〉シリーズ、刑事コメディ〈御茶ノ水署〉シリーズ、近藤重蔵を主役にした時代小説、西部劇小説など、著作は多様である。

「『カディス』を本にしたくて作家になったら、枝葉が広がりました。どれも根本に、少年時代に愛読したチャンドラー、ハメットらのハードボイルド小説の影響があると思いますね。私は、あまり感情を交えずに簡潔に書く文体、スタイルのことをハードボイルド小説だと解釈して、そのスタイルで書く姿勢はどの作品でも一貫しています。瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』、北方謙三さんの『水滸伝』などのように、とことん親しんだものについて、自分なりに再構築した解釈を世に問いたい。そんな欲求も作家にはあるようです。」

イベリア・シリーズに取り組んで9年。第1作目で敵国のスパイとして登場させたイギリス人のヴァジニアはヒロインになり、北都と熱い恋に落ちている。

「予期しなかった展開です。作者自身先が分からないドラマを、ハラハラドキドキしながら書くのは面白い。推理小説を書いていて、途中で読者の気持ちになって読み直し、我ながら意外な人物を犯人に変えることもありますよ。」

(青木千恵)

暗い国境線

暗い国境線
逢坂 剛/講談社/2,200円+税

※「有鄰」458号本紙では5ページに掲載されています。

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