Web版 有鄰

458平成18年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

息子たちと私』 石原慎太郎:著/幻冬舎:刊/1,500円+税

長男が行革担当相や国土相などを務めた伸晃氏、次男が俳優の良純氏、三男は銀行家から転進、先の衆院選で当選した宏高氏、四男が画家。

男ばかり4人の息子を育てた、現東京都知事の著者は、30余年前、『スパルタ教育』という本も物している。その教育の成果を謳った自慢話だと鼻につくな、と懸念したが、さすがは作家でもある著者、そうではなかった。

産院で初めて伸晃氏を見たとき、自然に父親が亡くなった時のことを思い出し、”ああ、これでまた確かに環が一つ繋がったな”と「思った、というより強く感じ」たという話に始まる。子供たちとの数々のエピソードを通じて、「家族というのは人間の大きな環」であり「子供という存在の環を抱かずに、人間は生きることも死んでいくこともできはしまい」という人生論的感懐が語られている。

兄弟の中でIQが抜群の良純氏が役者馬鹿の俳優になるとは「人生が不可知であることの証左」など率直な感想。最近のエピソードでは、行革担当相の伸晃氏が、族議員にいじめられているのに憤激、一番えげつないS(鈴木宗男?)議員を殴れと言ったら、「決してそんなことはいたしません。私は父上を反面教師にしていますから」と答えられたという。

女帝の歴史を裏返す』 永井路子:著/中央公論新社:刊/1,500円+税

昨今、女性天皇の登場が話題になっており、いずれ実現する可能性も強まっているが本書は『日本書紀』などを原典に、わが国の女帝の歴史をわかりやすくかみ砕いて解説した史談。8人の女帝を紹介している。

わが国最初の女帝は、592年から628年まで在位した推古天皇で、東洋で最初の女帝でもあったが、大波瀾の末に誕生した。皇位をめぐる部族間の権力争いのさかんな時代だけに、血みどろの相剋があった。そうした中で推古女帝は日本の基礎をつくる業績をなしとげた。

とくに後世に残るのは聖徳太子を皇太子にしたことだ。聖徳太子は仏教を中心とした国づくりをすすめる一方で、有名な「十七条憲法」をつくり、「和をもって貴しとなす」国政を築いた。一方で、中国などとの外交も確立した。そうした中での推古天皇のエピソードもおもしろい。

女帝といえば、誰しも奈良時代を想定するが、八百数十年ぶりに江戸時代にも登場する。しかも2人。朝幕対立のはざまに生れた明正天皇と、その1世紀後の後桜町天皇である。明正天皇は即位したとき、わずか8歳だった。いずれも歴史の苦渋の中から生まれた女帝で、こんな歴史は繰り返したくないものだ。

天才監督木下惠介』 長部日出雄:著/新潮社:刊/2,000円+税

『天才監督 木下惠介』・表紙

『天才監督 木下惠介』
新潮社:刊

「二十四の瞳」「カルメン故郷に帰る」「喜びも悲しみも幾歳月」「楢山節考」など数々の名作を残し、黒澤明に次ぐ巨匠として戦後映画界に輝いた木下惠介監督の伝記。その類まれな才能がどうして開花していったか、詳しく、生き生きと描いている。

木下惠介(本名正吉)は大正元年12月5日、静岡県浜松市の中心部にある尾張屋という大きな漬物店に生れた。大学卒でなければ助監督に採用しないとの方針を打ち出していた城戸四郎社長の松竹で監督に抜擢されたこと自体、異例である。

惠介は静岡県立浜松工業学校紡織科の出身。しかし小学生のころから映画好きで、映画館に入りびたった。その才能を伸ばしたのは、母の存在でもあった。母は芸事が好きで、子どもたちに自由を与えた。

ついでにいえば、恵介の弟忠司は映画音楽家となり、恵介とコンビで数多くの名作を残している。しかし映画監督木下惠介が誕生するまでにはずい分苦労があったようだ。それをハネ返したのは、自分の進むべき途は、映画しかない、といういちずな思いであった。

本書は木下惠介を中心にした日本映画史としての興味もあるが、それと同じくらい驚かされるのは著者の映画通である。脱帽。

おらんくの池』 山本一力:著/文藝春秋:刊/1,476円+税

「おらんくの池」とは土佐弁で「おれの家の池」という意味で、「よさこい節」で、「おらんくの池にや潮吹く魚が泳いでる」とうたわれている土佐湾のことだ。土佐湾をおれの家の池と称するところに、土佐ッ子の気性が出ているが、その気性をまる出しにしているのが著者だろう。

故郷を出てから40年、新聞配達や旅行代理店、広告代理店、コピーライターなどを転々とし、結婚離婚をくり返し、その間、莫大な借金を背負い込み、それを筆一本で返済すると意気込んで作家に転身、直木賞を受賞して今や時代小説作家として人気抜群、というと、まるでおとぎ話の主人公のようだが、本書はその日常を、高知の少年時代や作家以前の多彩な生活の回想もまじえながら展開したエッセーである。

両親は協議離婚し、母は市内の検番(芸妓の取次ぎ家)で働いていたという出身に暗さはみじんもない。生来のバイタリティが、困難をハジキとばしてきたのだろう。

それともう一つ感心させられるのは、著者がカミさんと呼んでいる奥さんとの相性のよさだ。二人の子どもと一緒の暮らしも作家には珍しいほど明るい。だれにでも真似できる生き方ではないが、前向きで、くよくよしない馬力のある生き方は読者を元気づけるに相違ない。

(K・F)

※「有鄰」458号本紙では5ページに掲載されています。

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