Web版 有鄰

454平成17年9月10日発行

朱川湊人と『花まんま』 – 人と作品

ノスタルジックな大阪を舞台にした短編集

朱川湊人
朱川湊人

第133回直木賞受賞作

死んだ少年が化けたり、葬式で霊柩車が動かなくなったり……。背筋が寒くなるような場面もあるのに、なぜか読んでほっとさせられる短編集。7月に選考された第133回直木賞を受賞した。

収録の6編は、大阪を舞台にしている。冒頭の1編「トカビの夜」に<私が大阪で過ごした期間は、長いようで短い>とある。それは、大阪に生まれて東京の下町で育った朱川さんの感慨そのものであるようだ。

「両親は大阪の人です。2人が離婚し、心機一転で上京した親父について、小学校にあがる前に東京に移り住みました。東京では、母のことはもちろん、大阪の話題も出しにくいところがあり、それでかえって大阪に憧れて、きらきら輝くイメージが僕の中に醸成されました。だから、この本に書かれた大阪は、僕の心の中のノスタルジックな大阪で、現実とは少し違うかもしれないですね」

そのせいだろうか、どこかにおいてきてしまったことをじんわり思い出すような、郷愁をそそる切なさが満ちている。

表題作の「花まんま」は妹のフミ子が繁田喜代美という21歳で殺された女性の生まれ変わりで、繁田の家に引き寄せられていく話。小学1年のフミ子が、自由帳に「繁田喜代美」と漢字でスラスラ綴る場面などは読んでいて寒くなるが、物語は温かい終わり方をする。他に、女たらしの叔父が死に、遺体を乗せた霊柩車が女たちの前で駄々をこねる「摩訶不思議」は、ユーモラスで笑える話。形容するならば、「おもこわい」世界といえるだろうか。

「第一に書きたいテーマ、本筋があるのはもちろんですが、書くにあたり、最後のシーンをまず思いつくことが多いんです。視覚的な風景がふわーっと浮かび上がる。例えば『摩訶不思議』は、霊柩車が止まる場面よりも、叔父の女たちが3人そろって和やかにそうめんを食べている場面がまずありました。小説は、途中もたついてもラストが盛り上がれば面白かったと言ってもらえるジャンルなので、印象的なラストに持って行くにはどうすればいいか、いつも気を使っていますね」

子供たちの胸をときめかせた「怪獣」や、ある時代に大阪ローカルで流れていたお菓子(「パルナス」)のCMソング、番組「てなもんや三度笠」など、時代特有のディテールを散りばめている。

「僕の子供時代、30数年前は、歌や人気番組の影響力が強く、人の娯楽にくっついていたので、ノスタルジックな高揚感が小説の面白さに繋がるよう工夫しました。ウルトラマンや仮面ライダーのDVDセットなど、僕らの世代を狙った商品が続々作られているところですし、時代特有のディテールを仕掛けて小説を読んでもらおうという、多少あざとい気持ちもありました。ただ、あまりディテールに頼ると、一部にしかわからない小説になるので、普遍的なテーマが底に流れるように考えました。本当に言いたいところは、家族のごちゃごちゃだったり、人の心の機微だったり、どの年齢の人にも通じることなのですから」

背筋がヒヤリとし胸がどきどきするような物語を

昭和38年、大阪府生まれ。慶応義塾大学卒業後、出版社勤務を経て、平成14年、「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞。15年、「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞。16年、初単行本『都市伝説セピア』がいきなり直木賞候補になり、今年、候補2度目で直木賞を受賞した。

東京都足立区在住。ペンネーム「朱川」は、通学する電車からみえた情景「朝焼けに染まる荒川」からつけたという。子供時代から妖しい話が好きで、背筋がヒヤリとし胸がどきどきするような物語を自分で書くようになった。

「内風呂がない家で育ったので、夜は銭湯に行くし、暗がりを歩く時間がたっぷりとありましたね。子供にとっては深刻に怖くて、特に交通事故で誰かが死んだ場所などは鳥肌が立つようなホラーゾーンでした。今は、どこもかしこもきれいに整備されて、想像する余地が少なくなっている気がします。歌も、昔の歌の方が言葉が詰まっていない分、ムードがあってゆったりと刺激されましたね」

現在、複数の文芸誌で連載している。よく徹夜をし、昼前に寝て夕方起きて「一日終わった」と思うようなひたすら書く生活。家族が話す中で仕事をするので、「ザ・ピーナッツ全曲集」など昔の曲をイヤホンで聴きながら書いている。

(青木千恵)

『花まんま』・表紙

花まんま
朱川湊人/文藝春秋/1,571円+税

※「有鄰」454号本紙では5ページに掲載されています。

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