Web版 有鄰

451平成17年6月10日発行

有鄰らいぶらりい

暁の旅人』 吉村 昭:著/講談社:刊/1,700円+税

『暁の旅人』・表紙

『暁の旅人』
講談社:刊

幕末から明治にかけ、蘭方医として活躍、日本近代医学の祖ともいわれる松本良順(維新後、改名して順)の波乱の生涯を描いている。

“波乱の生涯”とは、伝記などではよく使われる形容だが、幕末維新の激動期を背景にしているだけに、その波乱は生半可のものではない。中でも幕府軍の軍医として戊辰戦争に従事、江戸城開城後は会津、庄内と転戦する。

さらに榎本武揚の求めに応じて蝦夷(北海道)に向かおうとするが、旧知の新撰組副長土方歳三に諌められ江戸に戻るため、横浜の洋館に潜伏中、新政府軍に逮捕される。釈放後は日本で初めての私立病院「蘭疇社」を設立、さらに新政府に乞われて軍医監、次いで、初代の軍医総監となる。

良順が最後まで戊辰戦争に従軍したのは、蘭方医としての彼を評価し、保護した幕府の恩顧に応えようとしたためだが、この間、安政の大獄で悪評高い井伊直弼の配慮、近藤勇をはじめとする新撰組とのつき合いなど興味深いエピソードに満ちている。

一方、辞を低くして彼を新政府に誘ったのは、のち、陸軍の長州閥の総帥として評判のよくない山県有朋であり、人間評価の多面性を思わせる話である。

義経と郷姫』 篠 綾子:著/角川書店:刊/1,500円+税

義経をめぐる女性といえば、いうまでもなく静御前である。<しづやしづ しづのをだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな>。頼朝に捕えられ、鶴岡八幡宮の社前で舞った白拍子・静御前のひたむきな愛は、男にとって理想であろう。

だが、その一方で、義経にも妻がいたことはあまり知られていないのではないか。『源平盛衰記』にも「郷御前」として、一か所出てくるだけだそうだ。この作品は、その知られざる郷御前に光をあてた歴史小説。

郷は武州河越(現在の埼玉県川越市)の豪族・河越重頼の女として生まれた。これを源頼朝の弟・源九郎判官義経にめあわせたのは頼朝の乳母だった比企の祖母であった。このへんの経緯は、歴史小説家永井路子の“乳母史観”にも合致する。ともあれ、郷は京都の義経の許へ輿入れするわけだが、義経はすでに静御前と離れがたい仲になっていた。しかし郷御前は義経に献身的に尽くすのだ。やがて義経の奥州くだりの後を追い、衣川の合戦で義経と運命を共にする……。

そんな悲運の郷がいつも思い浮かべるのは、幼少時を過ごした河越入間川の風景。小次郎という薄幸の少年を創作し、立体的にとらえているのがいい。

サラン』 荒山 徹:著/文藝春秋:刊/1,619円+税

秀吉による朝鮮出兵の時代を背景に、朝鮮の下層の民衆の悲劇を描いた作品集で、6編を収めている。いずれも朝鮮の歴史・文化・制度を踏まえて物語が展開されており、これまで盲点だったところが的確に照射されている。

どの作品も感動的だが、表題作を紹介すれば、これは秀吉の倭軍に襲撃された釜山近郊の村落に住んでいた農奴の娘「たあ」の運命を描く。進攻してきた小西摂津守行長の武将・三木主殿介輝景は、平壤までの道案内を求めた。これに応ずれば、村にはお墨付きを与え、当人にも多額の賞金を与えるとの条件で。「たあ」の父がこれに応じた。かくて三木輝景の平壤進攻は成功する。だが、それによって「たあ」の両親は売国奴として虐殺され、わずか10歳で身寄りを失ったために同情した輝景は、「たあ」を日本へ連れて行く。やがて「たあ」の美貌に目をつけた家康が、「たあ」を江戸の奥女中に招くが、キリシタンの洗礼を受けていた彼女は遠島の刑に処されるのだ。

この作品以外も、いずれも、激動の時代に日朝両国のはざまで運命をもてあそばれる民衆の悲劇が描かれており、韓国に留学して歴史・文化を学んできた作者ならではの傑作である。

ことばの由来』 堀井令以知:著/岩波新書:刊/720円+税

私たちがふだん何げなく使っていることばでも、立ち止まって考えると、わからないことが多い。本書はそんな知的興味にこたえてくれる1冊だ。

たとえば「どっこいしょ」とは何だろう。ドッコイはドコエ(何処へ)という相撲の掛け声に由来し、どんな手に出るのかという意味で使ったものだという。これにショをつけるようになったのは明治以降。ヨイショ・コラショと同じく掛け声とのこと。

「指切りげんまん」とは。今では子どもたちの遊びことばだが、もとは遊女が相愛の客と交わした誓約。実際に小指を切った。

「お節介」は台所用品の味噌をすくいとる杓子の意味。この道具の使用範囲が広がって、意味も広くなった。ついでにいえば「世話を焼く」「大きなお世話」。もともとは世間で話される普通の“口語”といった意味。

「猫も杓子も」は一休和尚の狂歌「生まれては死ぬるなりけり おしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も」に由来。ではなぜ「杓子」が登場したのか、そのへんはじつに奥が深い。

「ひょんなこと」「けんもほろろ」「ぐる」「横紙破り」「へなちょこ」「てんやわんや」などなど、それぞれの由来に歴史が刻み込まれていることがわかり、一読物識りになること請け合い。

(K・F)

※「有鄰」451号本紙では5ページに掲載されています。

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