Web版 有鄰

446平成17年1月1日発行

吉田修一と『春、バーニーズで』 – 人と作品

30歳過ぎの会社員を主人公にした連作

吉田修一
吉田修一

表題作は芥川賞受賞第1作

平成14年、『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞を受け、一気に人気作家になった。16年には『東京湾景』がテレビドラマ化され、映像からのファンも増えた。が、本人は相変わらずシャイな印象だ。

「相変わらず小説を書いているわけですが、賞をもらうと、周囲が褒めてくれるようになりますね。小説を書くことは、僕にとって誇らしいことではなくて、大げさな物語や登場人物が僕に書けるわけでもないので、褒められてギャップを感じているところが少しある……」

とはいえ、褒めるファンの気持ちもわかる。何しろ、小説が巧いのだ。芥川賞受賞後、約2年で『日曜日たち』『東京湾景』『長崎乱楽坂』『ランドマーク』『春、バーニーズで』『7月24日通り』を刊行した。

『春、バーニーズで』は短編集で、5編のうち4編は、30歳過ぎの会社員、筒井を主人公にした連作である。表題作で、筒井が再会するゲイの“閻魔ちゃん”は、デビュー作『最後の息子』の名キャラクターだ。

「表題作は、芥川賞受賞第1作として書きました。新人賞をもらえたから、今こうして書いていますと、お礼をいうつもりで閻魔ちゃんを出したんですが、“筒井”に興味を持った。生きていて、結婚や転勤を機に会わなくなる人もいるけれど、学生時代から月に1回くらい会って飲んでいる友達がいる。僕の周囲の友達は、人に求めないタイプの人が多いんですね。人に期待していないから、裏切られても怒らない。筒井もそんなタイプで、息子どうなった? お母さん元気? みたいな話をしながら、互いに50代になっても飲んで、定期的に会っていたいと、筒井を主人公に連作を始めました」

10年前にゲイの閻魔ちゃんと同居していた筒井は、今は女性の瞳と結婚し、瞳の連れ子の文樹、瞳の母と暮らしている。表題作、「パパが電車をおりるころ」「夫婦の悪戯」「パーキングエリア」と4作まで書いて、「パパが電車をおりるころ」が一番好きな話という。息子の文樹が実の父と面会する日の朝、会社に向かう電車の中で、もやもやとしている筒井の心の中を端正に写し取った。文樹が実の父と会う、具体的なぶつかり合いの場面はない。

「僕は、人がドラマティックと思わないようなところをドラマティックだと思っているようです。この連作を書きながら、1分先、ましてや3年先なんて、みんな知らないで生きているんだなと、ふっと思った。全員が崖っぷちで生きているイメージがわいて気味が悪くなりました。世界中の誰もが、先がわからない状況で生きているって、それだけでかなりドラマティックじゃないですか? 毎日、今の瞬間そのものがドラマだと思う。僕の小説は『ありふれた日常を描く』といわれますが、世間でイメージされる日常と、僕が考える日常は、ちょっと違うみたいですね」

先がわからない状況で生きてる緊張感を保って、小説を書く

昭和43年、長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業後、アルバイトをしつつ小説を書いた。平成9年、『最後の息子』で文学界新人賞。14年の芥川賞でブレークしたが、小説を書いていることがいまだに照れくさいという。

「新人賞の頃は、小説なんか書いているの?と、周囲がバカにしてくれて、バランスをとっていたところがある。今は褒めてもらうばかりなので、自分なりにカンを働かせて、書くスタンスを決めています。筒井みたいな男と定期的に会うのは新鮮で、この連作は肩の力を抜いて書けました。小説家として少し進めた手応えもあった」

初版1万5千部で、発売してすぐに3千部増刷。「5万は行きたいですね」という担当者に、「多すぎる」と下方修正する風変わりな作家。みんな忙しいだろうから、夜寝る前にでも、パラパラと一編ずつ読んでもらえれば、十分にうれしいのだそうだ。

「けなげに働いている人にシンパシーがあるけれど、特定の何かに味方するわけではなくて、いろいろなことが微妙です。ただ、小説のことは信じていて、小説を読む人がいなくなることは、絶対にないと思う。僕自身は、小説をずっと書いていくだろうけれど、『つらい』といわない友達って何もいわずに突然いなくなることがあるから、僕か筒井か、どちらかが姿をくらます可能性もあって、先はわかりません。ではとにかく今こいつに会っておかないと、と筒井を書く。そんな微妙な緊張感を保って、小説を書いていくんだと思います」

(C)

『春、バーニーズで』・表紙

春、バーニーズで
吉田修一/文藝春秋/1,143円+税

※「有鄰」446号本紙では5ページに掲載されています。

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