Web版 有鄰

446平成17年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

さまよう刃』 東野圭吾:著/朝日新聞社:刊/1,700円+税

妻の死後、男手ひとつで育ててきた高校1年生の娘が、花火見物に出かけた夜から行方不明となり、数日後、死体で発見される。娘は強姦を繰り返していた少年2人から、麻薬を打たれて強姦されたあと心不全で亡くなり、川に沈められていた。

2人に脅されて車を運転、誘拐の加勢をした別の少年は匿名で父親に2人の名を告げる。事実を確かめるため、1人の少年のアパートに忍び込んだ父親は、レイプ場面を撮った数多いビデオテープの中に、自分の娘がレイプされている一部始終を写したテープを見つける。そのとき、部屋に帰ってきた少年を台所にあった包丁で刺殺。長野に逃げたという、もう1人の少年を探す旅に出る。

<むしろ裁判所は犯罪者を救うのだ。罪を犯した人間に更生するチャンスを与え、その人間を憎む者たちの目の届かないところに隠してしまう。そんなものが刑だろうか。しかもその期間は驚くほどに短い>という父親の思い。父親を追いつつも心情には同感している刑事たちの姿。

いま問題になっている、未成年犯罪者に対する行き過ぎた人権保護問題がテーマになっているが、思わぬどんでん返しなど、ミステリーの魅力も十分盛り込んでいる。

蝶のゆくえ』 橋本 治:著/集英社:刊/1,600円+税

6遍を収めた短編集。冒頭の「ふらんだーすの犬」が、最も感銘深い。この作品は、最近しばしば社会問題化している幼児虐待を題材にしている。

虐待されるのは孝太郎という小学1年の少年。母の美加の18歳のときの子だ。父の俊一はそれより2つ上の20歳の建設作業員。孝太郎が生まれると父は浮気を始める。相手は高校生。どなり合い、なぐり合いの挙げ句、俊一は家に帰らず女と同棲、たちまち離婚。孝太郎は母方の祖母の許にあずけられる。

美加はスーパーや飲食店に働きに出るが、そこで知り合った外車のセールスマン・幸信と結婚する。幸信は間もなくリストラで失職、家でブラブラする。美加の父はやはり建設作業員で、酔っ払っては暴力を振るうため、美加は暴力の絶えない家庭に育ったが、美加自身の家庭も喧嘩が絶えなくなる。

そうした中で孝太郎は小学1年になるが、その矢先、マンションの階段から母親に突き落とされて怪我をしたりした末に、ベランダにこしらえた段ボールの小屋に放り込まれ、食事もろくに与えられない暮らしとなる。体の異常に気づいた両親が病院へ運び込んだときは、もう手遅れだった……。題名は英国のウィーダの名作にちなんだ暗喩。他の5編も存在感の稀薄な現代人の生態をよく捉え、身近に感じられる。

電車男』 中野独人:著/講談社:刊/1,300円+税

これは前代未聞の超現代的な趣向の読み物だ。「電車男」と呼ばれるヲタク的若者が、インターネットのホームページに報告する体験と、それにアクセスする「名無しさん」と称する若者たちの投稿によって展開してゆく。

主人公の若者はある日、電車内で酔っぱらいの爺さんが女性客たちにからんでいるのに出くわす。若者はその爺さんを押さえつけ、車掌を通じて警官に引き渡すが、そのとき助けられた一人の女性からお礼にとエルメスのカップ2個が届く。若く美しい女性だ。さあ、どう対応したらいいのか。若者はホームページで思案する。

これを読んだ若者たちからすぐ電話で礼を言うべし、などとさまざまなアドバイスが相次ぎ、「電車男」と呼ばれる主人公は、それに沿って恐る恐る彼女に連絡をとり、次第に相思相愛の恋に発展していく。

文章は時に乱れ、読解不能の箇所もあり、また「北」(来た)、「……池」(行け)、「人段落」(一段落)などなど、転換ミスが乱発されていたり、また絵文字も数多く挿入され、独特の雰囲気をかもし出している。著者は匿名。

忘れ貝』 三咲光郎:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

『忘れ貝』・表紙

『忘れ貝』
三咲光郎:著

『忘れ貝』という題名は紀貫之の『土佐日記』に出てくる<忘れ貝 拾ひしもせじ しらたまを恋ふるをだにも形見と思はむ>の歌に由来する。貫之は土佐の国司として赴任中、一子を亡くした。忘れようとしても忘れがたい悲しみを抱えていた貫之は、帰国の船中で、それを身に付けていれば忘れることができるという忘れ貝のことを知るのだ。

この作品の主人公の美奈子は40歳。大阪府南端の湾に面した町に、老母と一緒に住んでいる。海岸に出れば、神戸、淡路島が見える。その海岸で美奈子は小学五年の勉という少年と出会う。勉は学校をサボり、海岸で忘れ貝を採っていたのだ。勉は9年前神戸で震災に遭い、両親を亡くして、この町で祖父母に引き取られていたのだ。美奈子も神戸で罹災し、一家で高知に転勤になった。だがそこで一人息子を交通事故で亡くしてしまった。当時夫に女性問題があり、そのことに気をとられ、注意散漫になっていた際の出来事だった。

美奈子は勉少年に他人とは思えない愛着をもち、食事に招いたりする。勉の祖父はかつて美奈子が教えを受けた国語の教師で、今は公民館などでカルチャー教室を開いていた。そこに出席した美奈子は忘れ貝の由来を詳しく知る。心洗われる文学作品だ。

(K・F)

※「有鄰」446号本紙では5ページに掲載されています。

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