Web版 有鄰

433平成15年12月10日発行

星野智幸と『ファンタジスタ』 – 人と作品

野間文芸新人賞受賞、3編を収める短編集

星野智幸
星野智幸

選挙をめぐる地域社会を描いた表題作

日本中を選挙カーが走っていた先月6日、野間文芸新人賞が決まった。受賞作の『ファンタジスタ』は3編を収める短編集。表題作は、選挙をめぐる地域社会の様子を、若い女性の視点から書いている。「ひそかに、”新しい政治小説”というキャッチコピーをつけて書きました」と、決定後の記者会見で話した。

「この受賞で、現実の投票行動が変わるといいなと思いますが、それがありえない社会だからこそ、こういう小説を書いているわけですね」

主人公の「わたし」は、色が微妙に変化する虹をみるのが好きだ。が、目の前の社会では、「紋切り型」の言葉が踊り、択一を迫る選挙戦が繰り広げられている。『頼むぜ長田 平成維新!』と幕を広げ、「万歳!」と叫ぶ支持者の前で候補者が演説する。その胡散臭さに「わたし」は苛立ち、<見せかけの、借り物のわたしは、いま何色だろう?>と、ありのままをみたいと心の底から目をこらす。

「政治は、メディアが報道するようなことだけじゃなくて、日常生活の細部にまで浸透している。個人が生活レベルで政治を意識することは緊急の課題だと思うので、見えにくい部分を、見えるかたちにしたくて書きました」

星野は物腰も、くりっとした目も柔らかいが、社会を真剣に見つめている。「社会性を打ち出し、世界が広い。表現力も高い水準」(川村湊選考委員)と評価された。

1965年、米ロサンゼルスに生まれ、2歳半で帰国した。国内を転々とし、中学生で東京に落ち着いた。早稲田大学で文芸を専修、88年、新聞社に入社した。2年半で退社したが、新聞記者の経験は、「社会性」が強い小説世界の養分になっている。

収録作のひとつ「砂の惑星」は、記者時代の経験から書いた小説だ。小学生の集団失踪・自死事件を取材する駆け出し記者が主人公で、彼の原稿は、支局デスクから本社社会部へ渡り、「新聞的」に書き換えられていく。<俺はそれでも外に言葉を伝えるのだ、俺の言葉はここにある>という彼の思いは、伝えられない――。

「新聞記事は、紋切り型の言い回しで読者の情緒をかき立てますよね。例えば高校野球の記事で『○○の夏は終わった』とか。つくづく一般記事は、文学とは正反対を向いていると思う。僕が好きな小説は、定型の力に頼らずに、むき出しでコミュニケーションしようとする言葉で書かれたものです。体から搾り出すような言葉を使わないと、本当には通じあえない。そんな言葉を、組織ジャーナリズムで使うのはすごく難しいと知ったし、自分なりに社会の構造に触れられたので、記者生活は貴重な体験です」

日本の中にラテンアメリカを移植する作品を試みる

退社後、90年代前半に2回、計2年、メキシコで暮らした。1997年、『最後の吐息』で文藝賞を受賞してデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、今年、野間文芸新人賞。順調に見えるが、帰国後は苦しく、塾講師や翻訳のバイトをして食いつないだ。

メキシコに住んだほか、地球上、日本と正反対に位置するラテンアメリカの社会性や文学を学んだ。ガルシア=マルケスらのマジック・リアリズムの手法を使い、日本の中にラテンアメリカを移植する作品を試みている。

「南米では、サッカーボールひとつで通じ合えるむき出しの人間関係が日常的に育まれている。その方法を知りたいし、導入したい。日本人は今、一人ひとりがあまりにもバラバラで、ヒトが近寄れば近寄れる生物であることを知らない。だから、いざ繋がろうとすると、新興宗教や自殺ネットのような関係が増殖してしまう。むき出しの人間関係とは常に一対一で、自分がしでかした行動の責任は自分で負わねばならない過酷な物語でもある。組織や定型文に頼ると、ひとりで責任を受け止める生き方はできないし、考えて言葉を使わなくても済んでしまう。大方のジャーナリズムがその状態なので、日本人の人間関係の空虚は、深刻な状況だと思います」

電車でもトイレでも、人々は携帯電話を握って必死で交信しているが、顔文字や定型文のやりとりでは寂しいままだ。星野はコミュニケーションについて小説で問い、さまざまな社会活動に参加して方法を探っている。先月は、山形と東京で開かれた「日印作家キャラバン2003」に参加した。自分の意見は、公式ホームページで随時公開している。

(C)

『ファンタジスタ』・表紙

ファンタジスタ
星野智幸/集英社/1,700円+税

※「有鄰」433号本紙では5ページに掲載されています。

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