Web版 有鄰

433平成15年12月10日発行

有鄰らいぶらりい

ひとことで言う』 山本夏彦:著/新潮社:刊/1,400円+税

昨年10月に亡くなった山本夏彦氏が、『週刊新潮』に23年間連載した「夏彦の写真コラム」から編集部が選んだ「箴言集」(副題)である。この世は生きている人の世で「死ねばたいていの文人は忘れられること芸人と同じ」と言った氏の本は、晩年になって売れ出し、没後にベストセラー入りしている。

“ひとことで言え”も、氏の得意なセリフでたとえば、「NHKは朝のニュースを80分にすると自慢しているが心得違いである。むしろ短くせよ。ひと口で言え。(略)それがジャーナリストの任務である」と言っている。ただし、「政治家に身辺清潔を求めるのは偽善である」のあとに「この世は偽善を必要とするところ」という言葉が出てきたりすると矛盾と見えるので、それぞれどんな文脈で言われたか前後の文章がついている。

「キャンペーンならみんなマユ唾」「新聞は一国の言語を売った」などのマスコミ批判をはじめ、戦後はやりの「個性」とか「オリジナリティ」といった言葉まで否定、「この世はすべてまねの世の中」「羨望嫉妬こそ民主主義の基礎である」と俗耳に逆らう言葉をはきつづけた。「人類の諸悪の根源は移動するにある。何用あって月世界へ」という言葉もある。

あらすじで読む 日本の名著』1・2
小川義男:編著/中経出版:刊/各1,000円+税

明治から昭和にかけての日本の名作文学をあらすじで紹介した“名著”。今夏刊行されるやたちまちベストセラーとなったが、このほど、その2が続刊された。

最初の本では、二葉亭四迷の『浮雲』から大岡昇平の戦争文学『野火』まで28編を収めている。また2では、夏目漱石の『三四郎』から有吉佐和子の医学歴史小説『華岡青洲の妻』まで25編。どれ一つとっても、名作というにふさわしい作品をダイジェストしている。しかもその選択はバランス感覚にすぐれており、いわゆる純文学作品だけにかたよらず、たとえば尾崎紅葉の『金色夜叉』のような大衆文学作品から小林多喜二のプロレタリア文学『蟹工船』も収録しており、2では、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のようなファンタジー、野上弥生子の歴史小説『秀吉と利休』なども取り上げられている。

これら名作は、多くの読者にとり、かつて読んだものの記憶から消えかけているものや、一度は読みたいと思いながら読み落としていたものが含まれているに違いないのでダイジェスト版で読めることはうれしい限りだ。しかもいずれも文庫版などで入手可能な作品なだけに、全容に触れることも可能である。間違いのないオススメ品。

夢-命を懸けたV達成への647日
星野仙一:著/KADOKAWA:刊/1,300円+税

阪神タイガースを18年ぶりに優勝に導いた星野仙一監督の自伝。その人生は野球に関心のない読者にとっても、興味深いドラマだ。

タイトルからも推量されるように、阪神はどん底のチームだった。NHK野球解説者を辞して阪神の監督になろうとしたとき、先輩の川上哲治は、「戦力もない、チーム力も乏しい阪神のようなチームに必要なのはキミのようなタイプの人間でなく、こつこつと辛抱強く、我慢強く選手を育てて、チーム力をつけていくタイプの監督なんだ」と言い、「絶対に行ってはならん」と反対したという。

それなのに、あえてタイガース入りをしたのはなぜか。夢に懸けたからだ。<昔から「夢」っていう言葉が好きで、サインのわきには必ずその「夢」っていう一文字を書き添えるんや>。不可能と思われることに挑戦するチャレンジ精神――これが身上だった。

順風満帆だったわけではない。生まれたとき父はすでに亡く、野球を心の支えに生きてきた。妻にも先立たれ、野球がすべての人生だ。今回の監督辞任でも伝えられたように、健康面での自信もない。一読、読者を鼓舞する。

マンガ金正日入門
李友情:作/李英和:訳・監修/飛鳥新社:刊/1,200円+税

マンガとはいっても、軽薄な内容ではない。日本人拉致事件の真相と、核兵器開発とその周辺などを序章に、金正日の生い立ちから今日までの信条を丹念にたどったドキュメンタリー・マンガだ。

著者は韓国漫画界の重鎮で現在、世宗サイバー大学漫画アニメーション科教授。昭和18年に愛知県豊橋市で生まれ、昭和21年に韓国に帰国している。

<『マンガ金正日入門』は、凍土の北朝鮮において、今日までどんなことが起きてきたのか、何が歪曲され、隠されてきたのかを明らかにする北朝鮮の半世紀の政治史であり、また今日の惨状を描いた告発状でもある>と著者は「まえがき」で述べている。

だが本書は、韓国では5年前、出版直後に発売禁止になった。したがって、今回、新たに序章を加筆した日本での出版が最初である。

金正日には弟妹がいたが、後の最大のライバルとなるのが、継母とその子供たちだ。金正日はこれらを次々に失脚させ、覇権を確立していく。その過程は残酷そのものだ。漫画だけに表現をやわらかくした面はあるが、<膨大な関連資料や証言をもとにしており、客観性を損なわずに北朝鮮の実像を描き切れたと自負している>との著者の言葉には重みがある。

(S・F)

※「有鄰」433号本紙では5ページに掲載されています。

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