Web版 有鄰

569令和2年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

きたきた捕物帖』 宮部みゆき:著/PHP研究所:刊/1,600円+税

深川元町の岡っ引き・千吉親分が、ある日、食中毒で亡くなる。〈文庫屋〉が通り名だった千吉の本業は暦本や戯作本、読本売りで、16歳の北一は、親代わりだった親分の突然の死で途方に暮れてしまう。お上から離れ、千吉の十手に因む「朱房の文庫」の振り売りを続けることになった北一は、目の不自由なおかみさんを助け、事件の数々に遭遇することになる。

まずは「呪いの福笑い」事件だ。遊ぶと必ず祟られるからと封印されていた福笑いには、いびられて亡くなった嫁さんの怨念がこもっているという。北一とおかみさんは大店に出向く。福笑いで遊んでみた人々の顛末は?(「第1話 ふぐと福笑い」)

一人暮らしを始めた北一に、長屋の住人が相談事を持ちかける。11歳の松吉が行方不明になったらしい。評判のいい子が、双六遊びの喧嘩で家出してしまった?(「第2話 双六神隠し」)

音や匂い、気配を手がかりにおかみさんが謎を解き、風変わりな釜焚きの青年・喜多次が登場。北一と喜多次、江戸で自活する二人の“きたさん”が事件を通して成長していく、温かな読み心地の新シリーズ。好評既刊『初ものがたり』や『桜ほうさら』にまつわるエピソードもあり、ますます広がる宮部ワールドを堪能できる。

任侠シネマ』 今野 敏:著/中央公論新社:刊/1,500円+税

弟分の永神が来るので出前を頼み、「暴力団とは契約を結べない」と断られてしまった阿岐本組。義理人情に厚い親分・阿岐本雄蔵率いる面々は、世の中で暮らしづらくなっていた。「いざなぎ超えの好景気だなんて言ってるが、そんな実感はねえな」。

今回、永神が持ち込んだ相談事は「映画館」だ。経営不振だが存続を望むファンが多く、閉館か否かで揺れ動いているという。明治生まれの初代が創設した東京・北千住の『千住シネマ』は、全国ロードショーの封切映画館として隆盛を誇ったが、平成のバブル崩壊後はミニシアターに転換、マニア向け映画の上映を細々と続けていた。『日本侠客伝』や『網走番外地』など、健さん(高倉健)の映画から多くのことを学んだ親分の阿岐本は、「映画はな、いろいろなことを教えてくれるし、人生を豊かにしてくれるんだ」と、経営再建に力を貸すことを決める。

出版社、学校、病院、銭湯など、昔気質のやくざが堅気の経営を再建してきた「任侠」シリーズの第5弾。ユニークな設定で現代を照射し、本書では街の小さな映画館をめぐる不穏な動きが分かってくる。『ニュー・シネマ・パラダイス』などの名画も登場し、映画好きにはより楽しい長編エンターテインメント。映画館に行きたくなる。

こんぱるいろ、彼方』 椰月美智子:著/小学館:刊/1,500円+税

『こんぱるいろ、彼方』・表紙

『こんぱるいろ、彼方』
小学館:刊

真依子は、大学生の娘と中学生の息子がいる主婦。娘の海外旅行のために戸籍謄本を取得し、自分の出生地の記載を改めて目にする。実は真依子は、5歳のときにボートピープルとしてベトナムから来日した。幼くて故郷のことを覚えていず、ベトナム人であることを子どもたちに言わずにいたが、「言うことに決めた?」と夫にも促され、真実を告げることにする。

20歳になる大学生の奈月は、子どもが好きで、小学校の先生を目指している。彼氏もいて充実した毎日を送っていたある日、母の真依子が実はベトナム人で、自分と弟は日本とベトナムのハーフだと知らされる。母はなぜ、そんな大事なことを今まで秘密にしていたのか。

1958年、ベトナム人の少女スアンは、南シナ海に面する街ニャチャンに住んでいた。国は4年前に南北に分断され、南側のニャチャンはベトナム共和国になった。ニャチャンの海はどこまでも青い。潮風を頬に受け、夏休みを楽しみにしながら、友達とずっと笑っていたいとスアンは思っていたが……。

母、娘、祖母。1970年代に日本に渡ったボートピープル一家のその後を、三代の視点から描く。家族小説の名手が人間らしく生きることを見つめた、真摯なまなざしの長編小説。

暗鬼夜行』 月村了衛:著/毎日新聞出版:刊/1,800円+税

小説家志望だったが学生時代に果たせなかった汐野悠紀夫は、国語教師になって8年を数える。文芸部の顧問を熱心に務めて物腰も柔らかいため、「良い先生」と評判の教師だ。勤務先の野駒市立駒鳥中学校は1学年1、2クラス程度の小規模校で、目立ったいじめも暴力事件もない平和な学校だった。

最近の駒鳥中では、2年生で文芸部に属する藪内三枝子の読書感想文が、野駒市の代表作品に選ばれて話題になっていた。顧問として汐野が推薦した感想文の題材は、芥川龍之介の『羅生門』だ。ところが、【昔の入選作のパクリだって】と盗作疑惑を告発する書き込みがSNSに流れて騒然となる。【パクリ元は1972年全国優勝作品】との投稿が続く。真偽は? 誰が書き込んだのか。汐野たちが古い書庫から過去の資料を探すと、72年度版の作品集が消えていた――。

盗作疑惑をきっかけに、学校の統廃合問題をめぐる住民同士の対立が激しくなり、混迷をきわめていく。「理想的な教師」を演じる汐野は地元名士の娘と交際し、小説家の夢がしおれた鬱憤を政治家に転身することで晴らそうとしていた。一人の教師がじりじりと奈落へ落ちていく。とある地方都市を舞台に現代の世相と教育現場に迫る、学園サスペンス。

(C・A)

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.