Web版 有鄰

420平成14年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

鬼女の花摘み』 平岩弓枝:著/文藝春秋:刊/1,143円+税

『鬼女の花摘み』は「御宿かわせみ」シリーズの27冊目だ。この短編シリーズは当初『サンデー毎日』で連載が開始(その後、『オール讀物』に移籍)されてから30年になるが、相変わらず人気の衰えを見せない。

大川端の旅籠「かわせみ」を中心にくりひろげられる捕物帳仕立ての市井ものの連作で、町同心の神林東吾は当初「かわせみ」の女主人おるいの恋人兼用心棒だったが、今では立派な亭主で、講武所の師範。『鬼女の花摘み』は表題作ほか6編を収めている。

表題作は、江戸名物の花火大会を背景にした継子いじめの話。東吾は講武所の弟子の少年2人を連れて、そば屋の長寿庵へ花火見物に出かけるが、そこで空腹のため歩行も困難になっている幼い姉弟に出逢う。しかもその父親とおぼしき男が、幼い弟を足で蹴倒すのを目撃して、2人の少年はショックを受ける。

姉弟の母親は一膳飯屋で働く女、男はそのヒモのやくざ者。生さぬ仲の姉弟をなぐる蹴るは日常茶飯事、その果てに男の子をついに大川に投げ込んで死なせてしまうのだ。

児童虐待は今日までしばしば新聞沙汰になるだけに、この短編も身近に感じられる。つまり、このシリーズは着物を着た現代小説なのである。

キッスキッスキッス』 渡辺淳一:著/小学館:刊/1,500円+税

19通のラブレターから見た、歴史に残る恋愛の実相。まず島村抱月と松井須磨子の恋。

<……けれども、とにかく、こうしてぼくは家庭を持っているのだから、あなたがそう思うのも当然だ。ぼくは何とかして早くのこの家庭からのがれたい。一日だって家にいるのがいやだから学校へ毎日つめきることにしようと思っています。(中略)ただあなたがかわいい、忘れられない、恋しい恋しい、こうして書いているあいだでも筆をやめては抱き合って、キッスしている気持になる。>

分別のない若者ではない。このとき抱月は40代。日本を代表する知識人で、早稲田大学の教授。抱月にそれほどまでに嫌われた妻の市子は資産家の娘で、十人並みの女性だ。2人の間に5人も子供がいる。しかし、この道ならぬ恋のために教職を辞した抱月はカゼをこじらせ肺炎で死に、須磨子は後を追って自殺する。激しい恋は悲劇に終わるのだ。

平塚らいてうから奥村博への恋文、柳原白蓮から宮崎龍介への恋文など、いずれも愛の真実を伝えて興味深いが、異色なのは武人山本五十六の芸者河合千代子にあてた手紙だ。死を覚悟した手紙は悲壮でさえある。

この命、何をあくせく』 城山三郎:著/講談社:刊/1,400円+税

表題はよく知られているように、島崎藤村の『千曲川旅情のうた』の一節だ。

<昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむこの命なにを齷齪 明日をのみ思ひわづらふ>。

著者の生きる姿勢はこの一節に象徴されている。それはマイペースで生きるということだ。

かつての文士にはこういう人種が多かった。かつて鬼編集長といわれた大久保房男の『文士とは』によれば“堂々と貧乏している”文士が多かった。彼らは豊かなくらしをしようとして齷齪しながら、できないのではなく、初めから堂々と貧乏しているのだった。

詩人の草野心平などもその典型だった。「火の車」という屋台の飲み屋をやっていたが、文字通り火の車で、読売文学賞の受賞が決まると、とんで行って賞金を前払いしてもらったほどである。

著者は「老」という字が好きになれないという。敬老も長老も嫌いだ。「晩年」というのが好きだという。

<「晩年という名の学校への新入生」と思うことにし、その学校を優等で卒業したい>という言葉には、マイペースの生き方がみなぎっている。作家生活45年、人と組織を視座に据えて生き方を追求してきた結晶がちりばめられた、味わい深いエッセーだ。

砂の狩人』上・下 大沢在昌:著/幻冬舎:刊/各1,667円+税

房総で漁師のまねごとをして暮らしている元刑事の西野にお呼びがかかる。西野は殺人犯を殺して引退させられた伝説的な刑事だった。折から猟奇的な連続殺人事件が発生している。西野を捜査陣に加えようとしたのは、年若いキャリアの女警視生時岡だった。

殺されるのは例外なく暴力団幹部の子弟だった。死体の口には、のどの奥深く携帯電話が押し込まれていた。暴力団側はこれを、在日中国人の犯罪とにらむ。

新宿・歌舞伎町かいわいは、夜ともなれば不法入国・滞在の中国人たちが跳梁跋扈し、日本の暴力団と対立抗争をくりかえしていた。そこで彼ら中国人マフィアが暴力団に対する意趣返しにでてきた――と考えたのだ。暴力団側は中国人マフィアに対する大量殺人を開始する。かくて暴力団対中国人の全面戦争の様相を呈してくる。

だが、西野が中国人の黒幕にあたってみると、事実はそれほど単純ではないことが浮かび上がってくる。女警視生時岡が西野をかつぎ出した背景にも、警察機構の秘密に属する計略があった……。警察内部の事情も実によく描かれている。秀作。

(S・F)

※「有鄰」420号本紙では5ページに掲載されています。

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