Web版 有鄰

415平成14年6月10日発行

有隣らいぶらりい

非情銀行』 江上 剛:著/新潮社:刊/1,700円+税

不況と金融ビックバン政策に揺れる銀行の内面を行員の視点からとらえた情報小説。主人公竹内の同期でエリート行員だった岡村はMOF(大蔵省)担当だったころ贈賄罪に問われて罰金刑を受け、検査部の窓際に配転させられている。

折から2人の勤める銀行は財閥系銀行との合併計画をすすめる。合併の前提となるのが大量のリストラだ。リストラ候補者は人材能力開発室という部署に集められる。岡村もその一人とされた。合併とリストラを進めているのは前新宿支店長で現常務の中村だった。岡村の贈賄は、かつて中村の指示に従って行ったものだが、岡村は罪を一人でかぶったのだった。しかし中村はそういったことを一切顧慮しようとしない。絶望の中で岡村は非業の死を遂げる。

審査部の竹内は、新宿支店長時代の中村の融資に疑問を抱き、その内容をチェックすると、右翼の大立者に対する不良債権が放任されていることが浮かび上がる。しかも、その右翼が今回の合併劇の黒幕だった。かくて竹内は決然として中村常務と対決していく……。大手銀行の幹部行員が匿名で書いたという作品だけに、迫力に満ちた銀行小説だ。

江戸の旅人』 高橋千劔破:著/時事通信社:刊/1,800円+税

「序章」の「江戸時代の旅」にまずひかれる。江戸時代、人はよく旅をしたが、その実態はどんなものだったのか。旅行手段はいうまでもなく徒歩である。江戸の日本橋から京の三条大橋まで東海道を13日前後かかった。宿泊は旅籠の世話になる。馬と一緒に旅をすることが多かったが、宿代は馬が人の2倍、人が3文なら馬が6文した。

旅路には要所要所に関所があった。ここを通るには往来手形、すなわちパスポートが必要だ。すべて幕府直轄で、総計76か所。諸大名による私設の関所は禁じられていた。武士の場合は決められた往来手形は必要なく、幕臣なら奉行所発行の、藩士なら諸大名発行の身分証明者があればよかった。ただし、武家の女子などの場合は厳しく、女手形が必要だった。

こうした一般論に続いて、「文人たちの旅」「求道の旅」「学者たちの旅」「女人の旅」……と各論が検証され、旅の神髄が展開されるわけだが、やはりなじみ深いのは、松尾芭蕉の「奥の細道」の旅や、小林一茶の信濃帰郷の旅、与謝蕪村の俳諧・画作の旅など文人墨客の旅である。歴史の表裏に通じた編集者出身の著者だけに、意外な雑学もまじえ、読書を旅情にかり立ててくれる。

合衆国憲法のできるまで
ジーン・フリッツ:著/あすなろ書房:刊/1,200円+税

日本国憲法の重要な参考にされたといわれるアメリカ合衆国憲法は、どのようにして制定されたのか。本書はその過程をわかりやすく、挿し絵入りで解説してくれる。

コロンブスによる新大陸発見の後、イギリス本土から新大陸に渡った開拓者らは植民地をつくり、それぞれの議会を設けた。植民地は13に及び、やがて彼らは自主的な運営をめざして本国からの独立のため立ち上がる。1776年、13の植民地は大陸会議の名のもとに独立を宣言。

独立戦争に勝利した彼らはイギリス人ではなくなったことを喜んだが、さりとて、アメリカ人とは言わなかった。植民地は「邦」で、彼らは互いの邦の住民をバカにし合っていた。独立戦争の指導者ジョージ・ワシントンがここでリーダーシップを発揮し、1787年にフィラデルフィアでアメリカ諸邦連合の会議を開く。

三権分立の憲法の原案をつくったのはバージニアの知事エドマンド・フランドルフだった。当初「国家」という呼び名には反発が強く、ユナイテッド・ステーツとなった。憲法前文は「我々国民は…」で始まるが、人びとは、まだ自分たちを国民とは思っていなかった。巻末の「合衆国憲法」全文が参考になる。冨永星訳。

へこんでも』 多和田奈津子:著/新潮社:刊/1,400円+税

多和田奈津子さんは1972年横浜生まれ。今も横浜に住む。16歳の高校1年のとき甲状腺のガンにおかされ、手術の結果、全治した。ところが25歳のとき、体調を崩して診察を受けた結果、こんどは悪性リンパ腫と、2度目のガンを宣告される。しかも最初のガンとはまったく別のガンだった。サブタイトルに<25歳ナツコの明るいガン闘病記>とあるように、本書はその手記である。

当初、近くの市大病院で治療を受けるが、やがて、その紹介でお茶の水の東京医科歯科大学付属病院に転院、放射線治療のあと、より高度の治療を受ける。幹細胞移植という新しい治療法だ。骨髄から適合する健康な細胞を抽出して移植する手術で、もちろんかなり激痛を伴う。だが、彼女はそれに耐えて、見事この難病を克服する。

若くして2度もガンにおかされたとあっては、“絶望という名の電車”に乗せられたもののようであろう。事実、彼女もときには絶望に打ちひしがれ、涙に暮れる。だが表題の示す意気込みのとおり、病気に負けず、運命にくじけず、希望を失わずに周囲の温かい励ましのもとに生きる。その意気込みが病気を克服させたのではないか、と思えるほどだ。ガンバレ、ナッチャン! と叫びたくなる。

(S・F)

※「有鄰」415号本紙では5ページに掲載されています。

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