Web版 有鄰

573令和3年3月10日発行

神奈川県に襲来が予想される地震と対策 – 2面

加藤照之

はじめに

日本列島は世界でも有数の地震多発地域です。中でも多くのプレートと呼ばれる岩板がぶつかりあう関東地方は地震の発生が多い場所になっています。関東地方は東からは太平洋プレートが、南からはフィリピン海プレートがそれぞれ地下に潜り込んでいます。日本列島は東北日本が北米プレート、西南日本がユーラシアプレートに属していて、中部地方を南北に走る糸魚川―静岡構造線付近が境界とされていますが明瞭な境目はなく、かなりの幅をもっていると考えられています。

神奈川県は北米プレートとフィリピン海プレートの境界に位置しています。このため神奈川県でもこれまで多くの地震とそれに伴う津波に襲われてきました。特に大きなM8クラスの地震は主に沈み込むプレート境界で発生しますが、これらはプレート境界型(あるいは海溝型)巨大地震などと呼ばれます。一方、内陸部では活断層沿いに大きなものでM7クラスの地震が発生しますが、こちらは内陸型地震などと呼ばれています。近い将来発生が予測される地震としてプレート境界型の南海トラフ地震と内陸地震を主とする首都直下地震が挙げられます。神奈川県の地震の歴史も振り返りつつ、これらがどのような地震なのか、どんな予測がなされているのか、ご紹介したいと思います。

神奈川県の地震活動と活断層

神奈川県内の被害地震で歴史に残る最古のものは伊勢原付近を南北に通る伊勢原断層近傍が震央とされている西暦878年M7.4の地震です。この地震は相模・武蔵地震あるいは元慶地震などと呼ばれています。この地震を含み多くの歴史に残る被害地震の分布から神奈川県では特に西部の地震活動が高いことがわかっています。これらの地震の一部を発生させる神奈川県内の活断層のうち、神縄・国府津-松田断層帯、伊勢原断層、三浦半島断層群などが要注意断層となっています。

これらは内陸地震を引き起こしますが、忘れてならないのは、プレート境界型の巨大地震を引き起こす相模トラフを震源とする地震です。相模トラフとは相模湾内を北西から南東に走る深い溝のような部分でここを境にフィリピン海プレートが北に向かって沈み込んでいます。この地震の例として1923年(大正12年)9月1日に発生した関東地震(M7.9)が挙げられます。

関東地震は東京を中心とした火災による被害が大きく、そちらに目を奪われがちですが、震源が相模湾であったことから、強い地震動による被害は神奈川県のほうが大きかったのです。特に震源に近い相模湾岸地域はほとんどが震度7相当になりました。相模湾沿岸では津波も襲来し大きな被害が出ました。津波の高さは、鎌倉由比ガ浜や真鶴で9メートルなどを記録し、また、襲来時間は地震後5~10分程度と大変短かったことがわかっています。津波は地震によって海底の上下地殻変動が海面に伝わり、それが周囲に広がっていくことで発生します。震源が湾内である相模トラフ地震は海底の地殻変動も湾内で発生するので、相模湾沿岸への津波は大変短い時間で襲来することに注意が必要です。

関東地震の一つ前の相模トラフで発生した地震は約200年前の江戸時代に発生した1703年元禄地震(M8.2)になります。元禄地震から関東地震までは約220年の間隔があります。現時点では関東地震からはまだ100年弱しか経っていませんので、次の相模湾を震源とするM8クラスのプレート境界型巨大地震の発生までは少し間があるかもしれません(油断はなりませんが)。

首都直下地震とは?

首都直下地震の想定発生場所。模式的断面図

首都直下地震の想定発生場所。
模式的断面図(中央防災会議,2013)。

“首都直下地震”という名称は、首都圏の直下で発生する様々なタイプの地震の総称です。国の中央防災会議による調査では、その発生場所の可能性としては図に示すようにいろいろな場所が想定されています。関東地方の直下には東から沈み込んでくる太平洋プレートに対して、相模湾から北に向かって沈み込んでくるフィリピン海プレートが深さ30~40キロメートルくらいのところで重なり合うようになっています。このような複雑な構造のため、地震の深さもタイプも様々です。

神奈川県に大きな被害をもたらすと想定される地震には、都心南部直下、川崎市直下、横浜市直下、西相模灘などで発生する地震が想定されています。南関東地域では30年以内にM7クラスの地震が発生する確率は70%程度とされています。最も大きな被害になるとされるタイプは都心南部直下地震で冬の夕方に発生した場合で、死者数は最大で23,000人と想定されています。

南海トラフ地震とは?

“南海トラフ”とは、駿河湾から南西諸島にかけて、本州の南岸沖100キロメートルくらいのところにある深い溝(トラフ)の名称です。ここを境に南側のフィリピン海プレートが本州の下に潜り込んでいます。南海トラフでは古来多くのプレート境界地震が発生してきました。西側から、四国沖から紀伊半島西部沖にかけての南海地震、紀伊半島東部沖から遠州灘にかけての東南海地震、遠州灘から駿河湾内に至る東海地震と3つの領域に分かれて地震が発生します。これらの地震は100~200年程度の周期で発生し、大きな津波も発生して広範囲に大きな被害をもたらします。最近では1944年昭和東南海地震、1946年昭和南海地震などが発生しています。これらの地震は単独で発生するだけでなく、時間差をおいて発生したり、場合によっては先般の東北地方太平洋沖地震のように全体が一挙に動いて超巨大地震となるなど、いろいろな発生形態があり、一旦発生すると本州南岸地域に多大な被害をもたらします。1707年に発生した宝永地震はこのような超巨大地震であったと考えられています。

これらの地震の発生履歴から、次の地震の発生確率は2019年1月1日を起点とすると30年以内に70~80%と評価されています。安政東海・南海地震から昭和東南海・南海地震までの発生間隔が約90年で、昭和の地震からこれまでに既に70年以上経過していますから我々が生きている間に次の地震が発生してもおかしくありません。今から準備しておいて早すぎるということは全くないのです。この地震の震源域は多様ですが、神奈川県から見ると最も近いところでも伊豆半島よりは西側なので津波の襲来までには相模トラフの地震よりは余裕があります。ですので、適切な避難を行えば被害はかなり軽減されると考えられます。最大級の南海トラフ地震の場合、想定される神奈川県での津波による死者数は2,900人と想定されています。津波については県が浸水想定マップを公表しているので、自宅や職場の浸水想定を把握するとともに、大きい地震が発生したら躊躇なく速やかに高台や上層階に避難することが重要です。

国と地方自治体の被害想定と防災対策

首都直下地震や南海トラフ地震に関する予測は国の事業として行われているものです。これらの評価に基づいて中央防災会議では被害想定を行っています。被害想定ができると被害をできるだけ減らすために防災計画が策定されます。神奈川県では、国が行った被害想定に沿ってよりきめ細かな独自の被害想定を行っています。この調査に基づいて、県が事前に実施を推進すべき対策及び災害発生時に実施すべき応急対策などが詳細に決められており、その内容については神奈川県のホームページで閲覧することができます。県内の市町村では、県の防災計画に連携してそれぞれ独自の防災マップや津波避難マップなどを作成しています。

地震はいつでもどこでも起こります。地震学の現状ではそれを正確に予知することはできません。地震や津波による被害をできるだけ小さくするには、行政による施策だけでなく、各自の対応がとても重要です。常日頃から身の回りの備えに注意を払い、地震や津波のことを学ぶことを始め、防災訓練に積極的に参加するなどして自らの意識を高めることが被害を低減するためにはもっとも有効です。皆で力を合わせて、来る大地震や津波に備えましょう。

加藤照之(かとう てるゆき)

1952年神奈川県生まれ。神奈川県温泉地学研究所所長。東京大学名誉教授。
専門は固体地球物理学・測地学。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.