Web版 有鄰

573令和3年3月10日発行

島本理生と『2020年の恋人たち』 – 人と作品

突然の母の死。出会い、別れ。
東京を舞台に、変わりゆく1年を描く

島本理生
島本理生
撮影・中央公論新社写真部

母の死で変わる日常と人間関係を描く

ワインバーを営んでいた母が、突然の事故死。店を引き継ぐかどうか選択を迫られた前原葵の、変化していく日常を描いた長編小説だ。

「『婦人公論』で連載をすることになり、媒体の主な読者層は私より上の年代と聞いて、母と娘をテーマにしてみようと考えました。私と年代の近い主人公が母親の生き方を振り返り、自分は何がしたいのか、何が好きで、嫌いなのかを探っていくことで、いろんな世代の女性や、今の東京や時代背景を描けるのではないかと思いました」

主人公の前原葵は、32歳の会社員。資産家の恋人と長年付き合い、女手一つでワインバーを切り盛りしていた母の突然の死で、人生が大きく変わり始める。

「母親の個性が強く、その影響から自力で抜け出すのはなかなか難しいんじゃないかと思ったので、今回は事故死によって必然的に切り離される設定にしました。親子関係は人によってさまざまですから、できるだけ多くの方がフラットな状態で、かつ自分とも重ねて読める話になればと考えていました」

千駄ヶ谷の新店舗を引き継ぐことにした葵は、恋人と別れ、叔母の家に移り住む。新店舗のスタッフ募集に応じて来てくれた松尾や、雑誌編集者の瀬名らと出会う。

「母親を亡くし、それから1年の間に何が起きるかというざっくりしたテーマで始めたこともあり、なかなか物語がどこへ行くのか見えなかったですね。お店を始めるあたりでは、葵はまだお母さんの影響を受けていて、過去の延長線上にいる後ろ向きのイメージでした。序盤、展開が少し重いなと思っていたら松尾君が登場したことで、ぱっと明るく急に時間軸が今になったように感じました。ほかのキャラクターも影響を受けて、そこからどんどん動き出したんです」

2017~19年に『婦人公論』に連載した。2020年、新型コロナウイルス感染症により世界が混乱する中で加筆修正を行い、改題して刊行した。

「コロナ禍の中で、冒頭から全部書き直しました。2020年を間近にした、新国立競技場のそばのワインバーという設定でしたので、むしろ現実の状況を小説に反映させるべきだろうと一人で千駄ヶ谷を歩きました。ついこの間まであった風景が一瞬でなくなってしまったと思いましたね。現実でもみんな先が見えないのに、さらに小説で不安な状況を読みたくないだろうと思って、ラストの印象は変えたかった。どんな状況でも、主人公はたぶん大丈夫だと読者の方が思えたら、気持ちも変わる話になるかなと、構成を考えました」

明日も生きていけると思える小説を書きたい

1983年、東京生まれ。2001年『シルエット』で群像新人文学賞優秀作、03年『リトル・バイ・リトル』で野間文芸新人賞、15年『Red』で島清恋愛文学賞、18年『ファーストラヴ』で直木賞を受賞。

「先に映像のイメージがあり、建物と空気の感じとか五感を使って得られるもの、地方の雪景色だったり海だったり、印象に残る光景を目にして書き始めることが多いですね。落雷の中の東京タワーをホテルのバーから見ている今回の冒頭場面も、私が実際に見た景色なんです。目にしながら、ここから始まる話をいつか書くんだろうな思ったことを覚えています」

高校生の時にデビューしてから、20年になる。

「デビューの頃は身近な出来事をテーマにしていました。そこから宗教や事件ものなどにも挑戦するようになり、そして今回また個人の生き方に立ち返るものを書いたことで、流れた時間と、自身の年齢や経験による変化を実感しました。仕事では毎回必ず一つは新しいことをやろうと思っていて、挑戦と自分らしさを組み合わせることで、ずっと読んでくれていた読者が飽きずに小説が新鮮なものになればと考えています。今はコロナ禍で行動範囲が限られていることもあり、ならばいっそ今目の前にない世界を書いてみようと思って、理系の研究者の方とSFの要素がある小説を合作で書く企画を進めているところです。人の心に訴えかけて対話するような、明日も生きていけると思えるような小説を書けたらいいですね。自粛生活が続いて、私も昨年から読書量が増えました。本を開くと、手元から一瞬で海外にも未来にも、全く違う世界に飛べる。本はすごいなとあらためて思っています」

(青木千恵)

『2020年の恋人たち』・表紙

2020年の恋人たち
島本理生/中央公論新社/1,600円+税

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