Web版 有鄰

578令和4年1月1日発行

町田そのこと『星を掬う』 – 人と作品

母に捨てられた娘と捨てた母親が、22年ぶりに再会

町田そのこ
町田そのこ
🄫中央公論新社

母に捨てられた娘と捨てた母親との共同生活を描く

母と娘を描いた長編小説である。

「『52ヘルツのクジラたち』の刊行後、続編に関する質問をたくさんいただきました。あの作品はもう書き切って続きを書くつもりはないけれど、虐待をする親側の視点が少なかったのではないかという反省点はありました。世間から指をさされる側に立った人の事情とか感情を描いてみたいと考えたのが、この小説の始まりでした」

元夫の弥一に恐喝されている芳野千鶴は、「さざめきハイツ」へ逃れる。そこには22年前に千鶴を捨てた母、聖子が暮らしていた。

「子どもを捨ててまで何かを大事にした母親と、母親を恨んで自信をなくしていた女性が一歩踏み出す瞬間を描いてみたくて、二つを重ね合わせた感じです。本屋大賞受賞後、すでにできていた第一稿の9割を書き直しました。大きな賞をいただいたとはいえ私はまだ作家として未熟で、もう一段成長するには物語に豊かさが欲しい。周辺人物に光を当て、いろんな母と娘を描くべきだと思いました」

さざめきハイツには、娘に捨てられた彩子、聖子を「母」と慕う恵真も暮らしていた。聖子は若年性認知症を発症しており、千鶴は母に恨みをぶつけられず、恵真にコンプレックスを抱く。「普通」の母娘の関係を築けなかった4人の共同生活が始まる。

「母に捨てられたら娘はどういう思考になるんだろう。捨てられた自分だからどんな状況も仕方ないんだと、心が麻痺してしまうのではないか。そういう仮定の下、どん底にいるところから書き出しました。そして、自分が置かれている状況はすべて母のせいなのか、どういう事情、感情があれば母を許せるものなのかと考えながら、千鶴の気持ちを追っていきました」

母、聖子の視点も交えながら物語は展開していく。

「親や大事な人との時間は有限で、いつまでも元気な状態でめぐり会えるわけではないことも描きたかった。キャラクターの設定後は人物相関図を練り続けて、千鶴が一歩を踏み出すエンディングだけが見え、そこに向かって一心不乱に書きました。聖子の造形には悩みましたが、自分と対話して答えを導きだしてきた人で、人の意見に人生を委ねない。自分で掴みとったからこそ人生に責任も持っている人だと思ったとたんに物語が進み始めました。一方、千鶴がなかなか立ち上がってくれなくて、ラストの場面はこれでいけるのかなとドキドキしながら書き進めました。今回は担当編集者ととても密にやり取りをして、独りよがりにならずに細部まで光を当て、伝えたいことを行き渡らせる方法を教えてもらいました。改めて物語を作る勉強ができたと思っています」

毎日を健やかにする物語を書きたい
物語の力を伝えたい

1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞。

「幼稚園の頃からグリム童話全集や児童文学などを読み、初めて現代小説に触れたのは、母の本棚にあった氷室冴子さんの『クララ白書』でした。物語とキャラクターの力強さに励まされ、新刊を楽しみにして、氷室さんの作品があればどんなことがあってもつらくなかったんです。小学生のときに、『あなたの本を読んで作家になりました』と氷室さんに会って言うんだと夢見たものの、社会に出てからは作家を目指すことなく読者でいました。2008年に氷室さんが亡くなって、物語には子どもひとりの毎日を健やかにする力があったことを振り返り、私も恩返しをしたい、誰かの一日を明るくする物語を書きたいと、本格的に書き始めました」

現在、小学館「WEBきらら」、ポプラ社「季刊asta」で新作を連載中だ。

「今誰かと繋がりたくてやっているはずのSNSで傷つられる言葉が届いたり、必死で声を上げても苦しさが歪んで伝わってしまうという、どうにも息苦しい雰囲気を感じます。そんな中ひとりで生きづらさや孤独を抱える人に向けて、物語を描いてきました。今回、苦しみを必死で乗り越えようと一歩踏み出す姿を描いて一区切りついた感じがして、今後はいろんなジャンルの物語を描いてみたいと思いました。物語の力を読者に伝えたいを根底に、コメディやホラーなどいろいろチャレンジしていきたい」

(青木千恵)

『星を掬う』・表紙

星を掬う
町田そのこ/中央公論新社/1,760円(税込)

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