Web版 有鄰

583令和4年11月10日発行

川崎のウルトラマン – 海辺の創造力

村岡由佳子

「聖地巡礼」という言葉がある。宗教において重要な意味を持つ場所(聖地)に信者が赴くことを意味する言葉だが、転じて、1990年代前半頃から、映画やマンガ、鉄道、著名人などに縁の深い場所を「聖地」と称し、それらの愛好者が訪れる意味でも使用されるようになったといわれる。ここでは映画に主軸を置いて話を進めたい。川崎で映画の聖地といえば、工業地帯や多摩川などが思い起こされるが、ほかにも庵野秀明監督『シン・ゴジラ』(2016)でゴジラを迎撃する「タバ作戦」の舞台として武蔵小杉のタワーマンションが登場するし、かくいう川崎市市民ミュージアムも開館して間もない頃、大森一樹監督『ゴジラvsキングギドラ』(1991)で「超科学研究所」という設定で館内や中庭がロケ地として使用された。ミュージアムの正面玄関を背景にしてメインキャストたちが並んでいるラストシーンは、なかなかに印象的だ。

ゴジラの話が続いてしまったが、川崎と特撮について述べるならウルトラマンも欠かせない。円谷プロダクションが初めて手がけたテレビ映画(1950年代後半から本格化した、いわばテレビ用に製作された簡易フィルム)『ウルトラQ 』(1966)から始まった「ウルトラマン」シリーズ。どの話に市内のどこがロケ地として使われていたかということは、詳しい方が多くいると思うが、シリーズの中で川崎ロケ作品を個人的にひとつ挙げるとすれば、メトロン星人とモロボシダンがちゃぶ台を挟んで対峙するシーンが有名な「ウルトラセブン」第8話『狙われた街』だろうか。人間同士の信頼関係を崩すことで地球侵略を図ろうとするメトロン星人の企てもさることながら、最後のナレーションの一言にはハッとさせられる。シリーズの中で人気の話でもあるので、未見の方にはおすすめの一本です。本話は冒頭から川崎の工業地帯が登場し、物語のキーとなる煙草が売られている自動販売機が設置されている駅は、向ヶ丘遊園駅がロケ地となっている。また、『狙われた街』を監督した実相寺昭雄(1937-2006)は、ジャミラやシーボーズなど、愛嬌と哀愁があいまったキャラクターと、およそ子ども向けとは思えない重厚な人間ドラマが秀逸な作品を数多く生み出していることで知っている方も多いと思う。彼は川崎市麻生区に居住し、「川崎高」や「万福寺百合」をペンネームに使用するなど、川崎に愛着を持っていたようである。川崎に聖地がある作品・作家は挙げ出せばきりがなく、続きは今日の晩御飯のおかずにでも繋げてもらえると嬉しい。

話は変わるが、『狙われた街』の中で話される「人類の約半分くらいは煙草を吸っている」という言葉に衝撃を受けた。現在の嫌煙のご時世では発せられない会話であり、当時の日常が透けて見える重要な一言である。また市民ミュージアムは、令和元年東日本台風で被災してから未だ休館中だが、『ゴジラvsキングギドラ』は、市民ミュージアムが記録された貴重な映像資料のひとつといえるだろう。合わせてここに記しておきたい。

(川崎市市民ミュージアム学芸員)

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