Web版 有鄰

583令和4年11月10日発行

遠田潤子と『イオカステの揺籃』 – 人と作品

平穏だった「家族」が壊れていく
「母と息子」に着目した、圧巻の家族小説

遠田潤子
遠田潤子

現在と過去、家族全体の視点で描出

“バラ夫人”と呼ばれる母が作り上げた、バラの咲き乱れる家で、英樹は育った。圧巻の家族小説である。

「母と息子を題材に、息子に執着する母親の怖さを描きたいと考えました。母と息子で書き始めたら話が膨らまなくて、家族全体の視点で書き直したんです。兄を溺愛する母を冷めた目で見る娘の玲子、父親ら、客観的な視点を増やして完成しました」

建築家、青川英樹の実家は大阪府堺市にある。母の恭子は56歳になる今もとびぬけた美人で、父の誠一は大手ゼネコンの技術者だ。英樹の妻、美沙の妊娠をきっかけに、恭子が壊れ始める。

「母の恭子は人生そのものが演技ですから、すごい美女で、裕福な家で花を育てているこてこてのマダムにしました。息子の方は、普通の男性にしようと思いました。誰からも好かれる、理想の母と息子という感じにしました」

美沙を閉じ込めるなど、恭子の異様な言動はエスカレートしていく。現在と過去の描写を通して、恭子の人生が浮き彫りになる。

「父と息子を題材にした前作の『人でなしの櫻』は制限しながら描いた小説でしたので、今回はリミッター解除で行こうと、エピソードが浮かんだら筆の勢いに任せて思い切り描きました。現在の場面には恭子の視点がなく、彼女が何を考えているのかがわからない状態なんです。補うために、過去の章を恭子の視点で描いて、彼女のことを読者に理解してもらえたらいいなと考えていました」

イオカステとは、ギリシア神話の英雄、オイディプスの母の名だ。予言のため知らずに息子の妻となり、悲劇的な人生をたどる人物だが、本書の人々はどうなるのか。

「私の場合、書くと自然にネガティブに、暗がりに向かうところがありますから、第一稿のあとはもう少し読みやすくしよう、救いのある部分も入れていこうと、担当編集者と調整しながら仕上げていきます。今回は、美沙や玲子の造形をだいぶ調整しましたね。恭子はラスボスですから(笑)、とにかく怖く、面白く、バラのように完璧で圧倒的な女性として個性を立たせたいと思っていました。ラストは当初の予定通りにはならず、若い玲子に先を託すようなかたちになりました。私の思い入れが玲子にあることがわかって、書いてみたら母と娘の話になった感じがしています。私個人は、救いのある、読後感のいい話でなければいけないという風潮がどうも苦手で、心にしこりが残るような小説や映画が好きですし、現実はもっと悲惨ですしね。恭子の個性と人生がどこまでも強くあってほしい、それがうまく伝わるかなあと今も思っているんです」

不条理や理不尽に興味が向かい、突き詰める

1966年、大阪府生まれ。2009年、「月桃夜」で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビュー。『冬雷』『オブリヴィオン』『銀花の蔵』『紅蓮の雪』など、著書多数。

「小さい頃は、家にあった分厚い童話集を繰り返し読んでいました。小学生のときにアルセーヌ・ルパン、高学年で星新一さん、中学生で筒井康隆さん、高校時代に澁澤龍彦にはまって、ミステリーも読んでいました。ドイツ文学科に進んで西洋の古い短編を読み、あるとき高村薫さんの小説と出会い、すごく面白いなと。子供が小さい頃に母が病気になってつらい時期が続き、亡くなって燃え尽き症候群に陥りました。リハビリで1998年にパソコンを買って練習するなかで、小説を書いてみようかなと思いました。第一作を仕上げて応募したら一次選考通過で終わり、悔しくなって書き続けて、5年目に受賞しました」

優れた文章力と独自の世界観により、多くの読者から支持されている。

「22、3歳で『罪と罰』を読んだときの衝撃が凄まじくて、あれほどの読後感が残る作品を死ぬまでにいつか描いてみたいと思っています。森鴎外の『阿部一族』も好きで、不条理なこと、理不尽なことに興味が向き、突き詰めては、今に至っていると思います。私にとって、生きているうえでの違和感を覚えた最初の場所が家族で、違和感の根源を書こうと家族を題材にしています。もう一作くらいファンタジーを書いてみたいと思っていますし、まったく違うところでは爽やかなスポーツものですね(笑)。いい話に振り切った話も描けるようになりたいですから、一作くらいは書いてみたいと思っています」

(青木千恵)

『イオカステの揺籃』・表紙

イオカステの揺籃
遠田潤子/中央公論新社/1,980円(税込)

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