Web版 有鄰

586令和5年5月10日発行

小野寺史宜と『君に光射す』 – 人と作品

ひっそりと生きていた青年に、変化が起こる
“助ける人”を描いた、書き下ろし長編小説

小野寺史宜
小野寺史宜

教師を辞め、警備員に転職した主人公

ベストセラー『ひと』(2018年刊)で“譲る人”を描いた著者による、書き下ろし長編小説である。

「『ひと』『まち』などで仕事をした編集者から、今回は“助ける人”というテーマをいただいて取りかかりました。警備員を書きたいと前から思っていて、それとは別に小学校教師にも関心がありました。助ける人から警備員をまず考え、もしかすると教師も絡められるんじゃないかと。教師から警備員になる流れのなかで、助ける人を描ける感触がありました」

語り手の「僕」、石村圭斗は、都内の商業施設で夜勤の警備員をしている。物語は圭斗が教師だった28~29歳の頃と、3年後の今とを交互に描いていく構成だ。

「時系列を分けて描く手法にしたのは、警備員時代と教師時代の圭斗を同時に見せたかったからです。同じ人のなかに光と陰があることを同時に示すには、この手法が一番いいと考えました。分量的にも二つの時代をなるべく均等にしたかったんです」

祖父母に引き取られて成長した圭斗は、一人で生きていくために教師になった。29歳の春、ある出来事で教師をやめる。それから3年、警備員として巡回中に置き引きを目撃する――。

「置き引き未遂を犯した小学生の女の子に、教師の経験もあって圭斗は関わっていくんだろうなと。小学生の時の自分と同じ臭いを少女が放っていることに気づいて事情を察し、行動します」

少女との出会いで、人との関わりを避けていた圭斗の生活に変化が起こる。

「仕事を終えた朝、人のいない道でカラスが餌をついばんでいた、帰るとマンションの壁にバッタがいたというような、小説の本筋と関係ないところに生活はあると思っていますし、自分の肌に近いところで書きたい気持ちがあって、カラスやバッタを書いてしまいます。今回、本筋と関係ないつもりだった眼鏡や財布のディテールが圭斗の心の動きと繋がり、うまく働いたなと思いました。本当は、関係ないことなんてないんですよね。いろんな小説を書いてきましたが、すべて繋がっていると思っています。同じアパートの住人でも、人生が順調な一号室の人には世界が明るく見えるけど、二号室の人には絶望的というのはあり得ることで、常に違う物語になる。ある人の物語でも、周りにいる一人ひとりにそれぞれの世界があって、そんな人がたくさんいるんだよというのは書きたいことです」

音楽を聴くように読んでもらえるものを書きたい

1968年、千葉県生まれ。2006年、「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール讀物新人賞、2008年、「ROCKER」で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』が2019年本屋大賞で第2位。『夜の側に立つ』「みつばの郵便屋さん」シリーズなど、著書多数。

「本屋さんが好きで、図書館でも借りて、本そのものが好きでした。小学校の頃は伝記など、中高の頃はマーク・トウェイン、スタインベックといった作家の短編集を読みました。大学時代に好きだったのはデイモン・ラニアンやコルタサルの短編集で、翻訳ものに惹かれていました。自分は小説を書くんじゃないかなと小学生の頃に思って、高校時代に一度書き出したらダメで、今始めても書けないなと速攻断筆しました。24歳の時、会社を辞めた翌日に秋葉原でワープロを買い、いきなり書き始めました」

小説全編をノートに手書きし、それを見ながらパソコンに入力、清書する。初稿を二度書きする独特の方法で執筆してきた。

「朝4時台に起きたら30分以内に書き始めて、午後少し寝て、疲れが取れたら午前中に書いた分を推敲する生活を延々と続けています。デビューして十数年という実感がなく、本屋大賞にノミネートされた時も初めはぴんと来なかったですね。でもたくさんの方が読んでくださって、本屋大賞ってすごいんだなと思いました。僕の小説の大事なところだと思うので、これからも肌に近いところで書いていきます。自分が読みたいものを書きたいというのもずっと思っていて、あとは音楽を聴くように読んでもらえるものを書きたい。観終える、読み終えるでなく、好きな時に何回も聴く音楽と同じ感覚の読み方ができるものであれたらいい。小説を一つ書き終えた時はほっとする感じで、楽しさは書いている時の方があります。沈んだ状態から浮かび上がれるのは、やっぱり書けている時ですよね」

(青木千恵)

『君に光射す』表紙

君に光射す
小野寺史宜/双葉社/1,815円(税込)

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