Web版 有鄰

586令和5年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

茜唄』上・下 今村翔吾:著/角川春樹事務所:刊/上下各1,980円(税込)

治承4年(1180年)の秋、平知盛とその従弟で剛勇を誇る平教経は、逢坂の関を進んでいた。近江で反乱が起き、鎮圧に向かったのだ。知盛は平大相国などと呼ばれる権力者、平清盛の四男で、幼い頃から病弱だったが才気にあふれ、「入道相国最愛の息子」と言われていた。

平清盛を頂点に、時の権力は平家が握っていた。虎の威を借る狐の如く専横にふるまう者も多く、民に嫌われている。平家一門が末の末に至るまで驕り高ぶるなか、清盛の実子である知盛は優しい気性で、むしろ一族の増長を苦々しく思っていた。貴族出身の妻、希子と仲睦まじく暮らしていたが、夫婦は戦に巻き込まれていく。対立する源氏のうち引き込むなら誰か。死の床に伏した父清盛に、知盛は「六……あるいは九かと」と言った――。

平清盛の栄達から、源氏の挙兵、そして平家一門が滅ぶまでを描いた『平家物語』には、なぜ「敗者」の名が冠されているのか? 各地で起こる反乱、源頼朝の脅威、清盛の死、都落ち、一の谷、壇ノ浦の戦へと連なる、平家全盛から滅亡までを、知将、平知盛の生涯を通して描いた歴史エンターテインメント。歴史の流れと「物語」の成立をダイナミックに描き、盛者必衰の理と民の希望を問う。読み応えのある一作だ。

朝星夜星』 朝井まかて:著/PHP研究所:刊/2,420円(税込)

長崎に奉公に出て13年になるゆきは、1歳下の料理人、草野丈吉に見初められて25歳で結婚した。ゆきの食べる姿を見て、丈吉は結婚を申し込んだという。〈おれらの甲斐はほんのつかのま、食べとる人の仕合わせそうな様子に尽きる。その一瞬の賑わいが嬉しゅうて、料理人は朝は朝星、夜は夜星をいただくまで立ち働くったい〉

横浜や箱館なども開港した安政の開国(1859年)以来、諸国の武家や文人の来訪が増え、長崎は賑わいを増していた。領事に仕えて西洋料理を習得していた丈吉は、日本人初の西洋料理専門店「良林亭」を開く。ヴイヨンという出汁で作った清汁のソップ、糸撚鯛のボートル焼き、牛肉をあぶったビフロース、食後には珈琲と菓子などを出して評判を呼び、良林亭から自遊亭、さらに自由亭へと名を変えて発展し、陸奥宗光、後藤象二郎らが訪れる。店を手伝い続け、気づくと「おばはん」から昇格して「女将」と呼ばれていたゆきは、〈自由亭を訪れる人々は、ほんに面白かけん〉と、夢中で毎日を生きていくが――。

幕末から明治にかけて、激動の時代の外交を西洋料理で支えた「自由亭」夫婦の奮闘を描いた長編小説。出てくる料理が美味しそうで、その時代と場所、人々の姿を生き生きと描き出している。

殺しの双曲線 愛蔵版』 西村京太郎:著/実業之日本社:刊/2,640円(税込)

『殺しの双曲線 愛蔵版』表紙

『殺しの双曲線 愛蔵版』
実業之日本社:刊

年末の都内で、連続強盗事件が発生。双子の犯行とわかったが、双子のどちらが実行犯かを立証できず、警察の捜査は難航する。

その頃、鉄鋼会社に勤める戸部京子は、東北のホテル「観雪荘」から無料招待の手紙を受け取っていた。開業3周年を迎えるホテルの宣伝のため、12月30日から1月3日までの5日間、雪山とスキーを楽しんでもらいたいという。京子の婚約者、森口克郎にも招待状が届き、二人は東京から東北に向かう。

東北の山奥にある観雪荘に招待されたのは京子、森口ら6人で、ある共通した理由で選ばれたという。OL、サラリーマン、研究者ら、職業も年齢も異なる6人の共通点とは? 年が明けた元日、招待客の一人が不審な死を遂げる。京子らは警察を呼ぼうとしたが、雪山に閉じ込められてしまった――。

著者の西村京太郎氏は2022年3月に91歳で死去するまで、640冊を超える著作を生涯に刊行、日本のミステリー界を牽引した。没後一年にあたり、数ある著作の中でも名作と謳われる一作を、愛蔵版として編集・刊行したのが本書だ。1971年の初刊行から半世紀以上経ても古びず、錯綜する謎に引き込まれる不朽の本格ミステリー長編である。作家、有栖川有栖氏の解説も必読だ。

神無島のウラ』 あさのあつこ:著/小学館:刊/1,760円(税込)

大学卒業後、関東の都会の小学校で教師をしていた槙屋深津は、離婚し、20年ぶりに神無島に帰郷する。神無島は鹿児島港からフェリーで約12時間の距離にある、現在の人口は100人を切っている小さな島だ。20年前、深津は12歳のときに母の仁海と島を出、都会の片隅で母子二人で暮らした。深津が19歳のときに姿を消した母は、神無島に戻っているという。

深津が帰郷したのは、島への赴任が条件の臨時教諭に採用されたからだ。着任した神無島小・中学校の児童・生徒数は、小学生7人、中学生5人である。同僚や子どもたちが出迎えてくれるなか、小学4年生の洲上宇良だけは現れない。島の神様の名を持つ宇良は用心深く、人の善悪を見抜く力があるという。

生徒数は少なくても、都会の学校と同様に問題は山積みだった。大人からの暴力、虐待の問題、生徒間の軋轢、人口減少。幼馴染みと再会、故郷で再び暮らし始めた深津だったが、彼には誰にも話していない秘密があった――。

〈繋がり方がどれほど歪でも、危うくとも、家族という枠組みはなかなか崩せない。堅牢な枠の中で、人は追い詰められていく〉。離島を舞台に、若き教師の回復を描いた長編小説。情景描写が鮮やかで、子どもを取り巻く今の社会を浮き彫りにしている。

(C・A)

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