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坂井希久子
撮影／大泉美佳
独身でキャリアウーマンだった可南子と、介護と子育てを終え、夫を亡くして一人暮らしだった芳美。中学の同窓会で再会し、人生の転機を迎える“還暦小説”である。
「担当編集者から同窓会ものを提案され、定年退職を控えた女性の悩みがあると聞いて、二つを同時に描いてみようと思いました。定年退職の悩みは男性特有のものと思われていましたが、男女雇用機会均等法施行から40年近く経ち、女性にとっても他人事ではないと思います」
総合職として就職後、ファッション業界で働いてきた可南子はもうすぐ60歳。仕事一筋で趣味もなく、定年後に不安を感じていた頃、同窓会で、中学時代に一番の友達だった芳美と再会する。
「可南子も芳美も、バリバリ働いているときや、子育てや介護の真っ最中だったときだと話が合わなかったかもしれないですね。でも年を経て再会すると、中学時代のように互いの個性を生かして、楽しくつき合えるのではないかと思いました。登場人物は可南子、芳美、詠人の順に生まれ、タイトルをテルツェットにして女性三人になるのは想定していましたが、もう一人がなぜ登場したのかはよくわかりません（笑）。私は登場人物の設定をある程度考えて、舞台に放り込んだら、あとは行き当たりばったりで人物の行動に任せるんです。お金、病気、人間関係など、還暦世代の話は暗くなりがちですが、今回はひたすら楽しくしたいと思っていました」
同窓会のあと、可南子が芳美の家に行くと、壁一面の本棚に新旧の少女漫画が詰め込まれていた。中学時代に好きだった漫画の続編が、43年ぶりに出るというニュースで盛り上がる。漫画のディテールがたくさん盛り込まれ、続編が出る“作中漫画”の趣向も読みどころだ。
「何をきっかけにしたら中学時代の気持ちに戻るだろうと、続編のニュースを入れたら、二人で飛び跳ねて喜んでくれました。私も漫画が好きで『動物のお医者さん』は中学の頃に読みましたし、『BANANA FISH』は今回どうしても入れたかった作品です。可南子たちの世代の『ポーの一族』や『風と木の詩』は、大人になって読みました。70年代の少女漫画はバリエーションが豊富で、自分の人生を自由に選び取っていけるという、これからの女の子の生きざまを示していたと思います。少年漫画とは絆の描き方が違い、深いところで触れ合う関係性を描いていたんだなと、この小説を書きながら気づきました」
定年退職した可南子は、芳美の家に越す。日がな漫画を読む生活なのに、出来事は続く。中学の同窓生、桜井が面倒くさい男となって現れ、除草ヤギを探して中学生の詠人と知り合う。仕事を離れた人間関係から新しい物語が生まれる、牧歌的な日々だ。
「詠人くんを入れると物語に幅が出る感触がありましたし、桜井は連載時より描写を増やしました。面倒くさくても、嫌な人、敵と設定すると息苦しくなる。どうしてそうなんだろう、何か掛け違いがあるなら戻せないかなと思います。可南子と再会する前の芳美の状況も、書きながら彼女に教えてもらう感じでした。子供だって生活がありますし、子供がいても、独身でも、これからどうするの？ というのは、今回の課題だったと思います。いくつまで元気に生きられるのかというのは、私自身も20代の頃から抱えている不安なんです」
1977年、和歌山県生まれ。2008年、「虫のいどころ」でオール讀物新人賞を受賞し、デビュー。17年、『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』で高田郁賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞。『たそがれ大食堂』『雨の日は、一回休み』「居酒屋ぜんや」シリーズなど、著書多数。
「家にいろいろ本があって、小さい頃は絵本をたくさん読み、きんこんと鳴る音でページをめくる朗読のレコードを楽しみました。ふかふかウサギのぼうけんシリーズなど、柔らかくてかわいい物語が好きでした。物心ついた頃にはお話を作っていて、小学校に入ると童話や冒険の話、詩、漫画など、ずっと何かを書いていました。漫画は背景や十二単を描くのが苦手で、小説になりました。デビュー後は、編集者のご提案を自分なりに咀嚼して、こういう話はどうですかとすり合わせて作っています。人間模様を描けたら満足感がありますね。これからも描けるものが目の前に来たら、ばっと摑んで描いていくんだと思います」
（青木千恵）
『華ざかりの三重奏』
坂井希久子／双葉社／1,815円(税込)
