Web版 有鄰

588令和5年9月10日発行

砂原浩太朗と『霜月記』 – 人と作品

遊里で起きた殺人事件の下手人を追う
祖父と孫、そして父を描いた長編時代小説

砂原浩太朗
砂原浩太朗
撮影:森清
写真提供:講談社

名判官だった祖父と、若き町奉行の孫

失踪した父に代わり、町奉行となった草壁総次郎と、名判官と謳われた祖父の左太夫。祖父と孫、そして父を描いた物語だ。「神山藩シリーズ」の最新作である。

「今までやっていないことをやろう、祖父と孫の物語はまだ書いていないなと、祖父と孫のダブル主人公にし、二人の視点を交互に切り替えながら描くことにしました。書き進むうちに父・藤右衛門の存在感が膨らんできて、結果的に三世代それぞれの生きようを描く物語になりました」

18歳の草壁総次郎は、父の失踪で急遽、家督と町奉行のお役目を継ぐ。隠居後、神山城下随一の歓楽街、柳町で暮らしていた祖父の左太夫は、慣れないお役目に奮闘する孫を見守る。ある日、柳町で殺人事件が起こる――。

「孫は若くて未熟、祖父は世間を知る大人にしたいと考えました。間に挟まれた藤右衛門はちょっと肩身が狭い立場ですが、祖父と孫の関係性を強めるため、父がいない状況で始めました。現役の町奉行と隠居した祖父だと、身辺で起こる事件の頻度が違うんですよね。自然に展開するように視点の切り替えを作るのは難しかったです」

さらに凄惨な事件が起こり、総次郎が左太夫に助力を求めて、二人は共に下手人を追う。筆頭与力の小宮山喜兵衛、総次郎の幼なじみの日野武四郎、家族を殺害された幼い少女さよら、祖父と孫を軸に織りなされる人間模様と事件の謎に引き込まれる。

「左太夫と喜兵衛、総次郎と武四郎には、立ち入らないけれど相手のことをわかっている、僕が考える理想の人間関係を仮託しました。描くうちに存在感が増した人物はさよや藤右衛門です。僕は『わしに能などあるか』という藤右衛門の台詞が好きで、優れた人が注目されがちですが、そうでなくても人間の奥行きが深いことを伝えられたらいいなと思っていました」

〈生きていても死んでいても、子というは胸を騒がせるものだ〉と左太夫は思う。事件を通して、総次郎は少しずつ大人になっていく。

「僕は『成長』ということにこだわっている作家で、短編でも、物語の最後に主人公は変化を遂げていると思って描いています。今回は、高度経済成長期を一生懸命に生きた祖父、バブル後の父、令和を生きる孫といった配置になりました。ただ、そうした構図や現代の問題を意識的に小説に持ち込む意図は常になくて、結果的にオーバーラップする感じです。神山藩シリーズは一、二作目も親子の葛藤を描いていますが、血のつながりはどの人も逃れがたい永遠のテーマなんだと思います。親子のかたちは作品の数だけ無限にあって、今回は一つの家族を描きました。親子同士だと葛藤が大きすぎて相対化しづらいですが、今回は祖父という要素が加わることで、親子関係を描くのでも一歩引いて見られるだろうと考えました」

「三要素」を兼ね備えた小説を目指す

1969年生まれ、神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。2016年「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。21年『高瀬庄左衛門御留書』で第9回野村胡堂文学賞などを受賞し、「本の雑誌」2021年上半期ベスト10第1位に選出。22年『黛家の兄弟』で第35回山本周五郎賞を受賞。

「家の近くに大きな本屋さんが4軒あって入り浸り、物語に触れるのに恵まれた環境でした。星新一さんの小説やミステリーを読み、10歳の頃、作家になろうと思いました。大河ドラマと横山光輝さんの『三国志』で歴史にはまり、中学の頃から歴史・時代ものを中心に読みました。小説を描けなくなる危機感から30歳で編集者を辞め、15年ほど過ごしてデビューしました。物語を描く思いに突き動かされて今に至っています」

時代小説の『高瀬庄左衛門御留書』でブレーク。新作を待望されている。

「時代ものが合っていると思う、と編集者に勧められて、『高瀬庄左衛門御留書』を描きました。作品や人との出会いは本当に大きくて、出会いによって変わっていくものなんですね。娯楽的で、かつ人生の奥行きを描いていて、文章が端正であるのが僕の理想とする小説で、この三要素を兼ね備えた藤沢周平先生の作品は中学の頃から夢中で読んでいました。今は自分で三要素を備えた小説を目指していますが、容易ではないですね。でも、できる限り近づけていきたい。人間の心の動きや感情を、丁寧に伝えていきたいといつも思っています」

(青木千恵)

『霜月記』・表紙

霜月記
砂原浩太朗/講談社/1,760円(税込)

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