Web版 有鄰

589令和5年11月10日発行

佐藤雫と『花散るまえに』 – 人と作品

人を愛するとはどういうことなのか――
細川ガラシャと忠興の愛の行方を描く、長編歴史小説

佐藤雫
佐藤雫
撮影/露木聡子

信長の命令で夫婦になった2人

細川ガラシャ(玉)と細川忠興。夫婦の苛烈な愛を描いた長編歴史小説である。

「集英社からの3作目を出す打ち合わせで、デビュー作から担当してもらって信頼する編集者に、佐藤雫に何を書いてほしいですか? と聞いてみたんです。いくつか挙げられたテーマに『細川忠興の歪んだ愛』があって、直感的にこれだと。1、2作は純粋な2人の感情を追った作品でしたから、歪んだ純愛に挑戦したいと思いました」

明智光秀の次女として生まれた玉は、父の主、織田信長の命で細川忠興に嫁ぐ。

「三浦綾子さんの『細川ガラシャ夫人』は高校時代に読んでいて、広く認識されているガラシャ像を知っていましたが、令和の時代に書くからこそのガラシャ像を作ってみたいと思いました。感情を絡ませあいながら描くのが好きなので玉と忠興の二視点にして、今回私が気持ちを込めたのは、忠興の感情の推移でした。激しさと繊細さが共存する二面性が史料から伝わってきて、彼の人格はどのように形成されたのかと、忠興像を作り上げていきました」

名家の嫡男として厳しく育てられた忠興の寂しさに寄り添う玉だったが、父・光秀の謀反で運命は暗転する。

「史料に残る断片的な言動を押さえつつ、その合間にある2人の感情の推移を想像し物語にしていきました。妄想癖があって、史料を読むと台詞が勝手に浮かんでくるので、付箋に走り書きして小説に使ったりします。玉と忠興のすれ違いは史料から想像されましたし、今回は私が実生活で感じたことも入っています。人を愛するってどういうことなんだろうと、愛について考え抜いたことを2人の感情にのせていきました」

信長の死後、細川家は豊臣秀吉に仕えたが、秀吉が死ぬと、武将たちの対立が始まる。人質になることを拒み、玉は壮絶な最期を遂げる。

「なぜ忠興は、執着とも言える激しい愛情を玉に注いだのか。歴史小説なので結果はわかっているんですが、私はそこに至るまでのプロセスを登場人物自身に考えてもらう感覚で書いているので、最終的に玉がふっと思ったことは玉自身が出した答えなんだと思います。表面的な解釈にならないようにキリスト教について勉強しましたが、玉が考える神の愛や救いを書くのは予想以上に高いハードルでした。忠興は“細川ガラシャの夫”と書かれたりしているんですが、私は忠興あってのガラシャだった、彼の歪んだ愛がなければ彼女はキリスト教徒になっていなかったんじゃないかと思いました。人間の相互作用で、2人の関係性だからこそ現れてくる言動を大事にして、今の時代を生きる人が読んで違和感がないように書いていきました」

感情を書きたい気持ちが原動力

1988年、香川県生まれ。2019年、源実朝を主人公にした『言の葉は、残りて』(「海の匂い」改題)で第32回小説すばる新人賞を受賞し、デビューした。

「小学生の頃まで、集英社の少女漫画誌『りぼん』を愛読する“りぼんっこ”でした。中学時代に荻原規子さんの『勾玉三部作』と出会い、文字から登場人物の表情や風景、世界観を想像していく読書体験が新鮮で、古代史に惹かれ、田辺聖子さんや永井路子さんの作品を読みました。本屋さんに行ったら必ず一冊買って帰る本好きでしたが、医療系の学部に進んで就職しました。仕事がつらい時期に自分の好きだったことを振り返って『空色勾玉』を読み直し、物語が心の中に広がる読書体験をあらためてしたんです。源実朝も好きだったので史料を読み始めたら物語が立ち上がってきて、書いた作品でデビューしました」

デビュー作は、“歴史恋愛小説”と呼ばれた。

「実朝と妻の感情を丁寧に追っていったら仕上がりがそうなった感じで、恋愛小説を書くつもりではなかったんですね。感情を書きたい気持ちは原動力で、歴史上の人物や事件を見聞きしては、どうしてそうなったんだろう、何を思っていたんだろうと想像するうちにその人の感情が湧き上がり、作品になる予感が生まれてきます。脳内に収まらないほど想像が膨らんで、文章にしたいと思う。“炎のみ虚空に満てる~”という実朝の和歌を高校時代に読んだときは儚さを感じましたが、社会人になって読んだら炎から逃れずに立つ姿が思い浮かびました。自分の好きなことを知ってもらいたい気持ちで歴史小説を書いていて、現代ものにもいつかチャレンジしてみたいと思っています」

(青木千恵)

『花散るまえに』表紙

花散るまえに
佐藤雫/集英社/1,980円(税込)

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