Web版 有鄰

589令和5年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

シェニール織とか黄肉のメロンとか』 江國香織:著/角川春樹事務所:刊/1,870円(税込)

作家の諏訪民子が80代の母と暮らす家に、民子の友人、清家理枝がやってきて居候を始める。外資系の金融会社を辞めてイギリスから帰国した理枝の、日本での住まいが決まるまでだ。ポジティブな自由人、理枝の訪れで、母娘の生活はにぎやかになる。

就職も結婚もせず、一度も実家を出ずに物書きとして生計を立ててきた民子、2度目の夫と別れて独身の理枝、上の息子が家を出、夫と下の息子と暮らす主婦の室伏早希は、大学時代からの友人だ。民子と早希が属する読書サークルに理枝が出入りして、“三人娘”と呼ばれていた。変化の乏しい民子、上昇志向が強くて行動力がある理枝、妻として母として生きてきた早希は、元来の性格も人生のプロセスもばらばらだったが、50代になるまで連絡が途切れなかった。〈会わずにいるあいだ、それぞれ全然べつな生活を送っているのに――、会うとたちまち昔の空気に戻るのは不思議なことだ〉

母と二人で十年一日の静かな日々を過ごしていた民子だったが、知らず知らずに「時」は進んでいる。流れゆく大切な日常を、民子、理枝、早希、民子の母の薫ら、複数の視点を切り替えながら鮮やかに描いた長編小説。理枝が居候をする半年間の「時の流れ」が可視化されている。

夢ノ町本通り』 沢木耕太郎:著/新潮社:刊/1,980円(税込)

家から仕事場まで歩いて通う生活をして40年。午前の仕事が終わると昼食に出かけ、新刊の書店と古書店に立ち寄って帰る行動は、午前と午後の仕事を分ける大事な区切りになっていた。今の仕事場の近くには手頃な商店街がなく、町の風景が変わって、最寄り駅の周辺では新刊の書店が一軒もなくなってしまった。著者にとって夢の商店街は、新刊の書店と古書店の2つがあるのが条件だというのに。〈私はこの年齢になるまでに、恐らく万を越える冊数の本を手に入れてきたが、そのほとんどはさまざまな町の新刊書店と古書店で買い求めたものである。本と買った書店の記憶は強く結びついていて、その本の表紙を見れば、買った書店の店名ばかりでなく、買ったときの状況すら甦ってくるように思える〉(夢ノ町本通り)

『一瞬の夏』や『深夜特急』、『檀』など数々の名作を発表し、『天路の旅人』で2023年の読売文学賞を受賞した著者による、書物をめぐるエッセイを編んだ一冊。大阪に滞在しながら気ままに本を買ったときのこと(秋に買う)、書評、山本周五郎について、「右か、左か」が鮮やかに存在する短編小説について、など。26歳のときに書いた書店ルポも収録されている。書物と過ごす甘美な時間にいざなわれる。

百鬼大乱』 真保裕一:著/講談社:刊/1,980円(税込)

『百鬼大乱』表紙
『百鬼大乱』講談社刊

室町時代中期、将軍職の後継争いに敗れた鎌倉公方・足利持氏が将軍家に反抗し、諫めた関東管領・上杉憲実と対立して内乱が勃発する(永享の乱)。持氏は自害して果てたが、関東足利氏と管領上杉氏の軋轢は残された。文安3年(1446)、上杉長棟(憲実)は再興した足利学校で、武家の姿で軍学書を読む少年と出会う。少年は扇谷上杉氏の家務を務める太田資清の嫡男、源六だった。翌文安4年、持氏の遺児が新たな鎌倉公方として鎌倉に帰還し、次なる火種が持ち込まれる。

宝徳2年(1450)、鎌倉公方・足利成氏に仕える簗田持助は、上杉の脅威を防ぐ策として成氏に奏上し、上杉氏の重臣、長尾氏の所領を召し上げようとする。若年の管領・上杉憲忠を補佐する長尾氏と太田氏が挙兵し、享徳3年(1454)、憲忠が成氏に謀殺され、翌享徳4年、鎌倉は焼け野原になる。住み慣れた鎌倉を離れて持助は古河で勝機を狙い、扇谷上杉氏の家務を継いだ太田源六資長は江戸に城を築く――。

戦国時代とは、いつから始まるのか。応仁の乱に先立って関東で起こり、30年にわたって続いた享徳の乱を活写した歴史長編。上杉氏を支えた太田道灌と、公方を支えた簗田持助、両者の視点を軸にして大乱を描いている。

可燃物』 米澤穂信:著/文藝春秋:刊/1,870円(税込)

ある年の暮れ、群馬県太田市内で連続放火事件が発生した。群馬県警本部捜査第一課の葛警部が率いる捜査班が太田市に派遣されるが、犯行がぴたりと止まる(表題作)

埼玉県から来た五人連れのスキー客のうち四人が遭難し、一人が他殺体で発見された。被害者のそばにいた男が犯人と見られるが、凶器はなく、残る二人の遭難者も行方が分からない(崖の下)

藤岡市内で強盗致傷事件が発生し、被疑者の一人が事故を起こす。危険運転致傷罪に問えるのか、県警本部から派遣された葛らは目撃証言を集めるが――(ねむけ)

県内の山麓で人間の腐乱した上腕が見つかった。山狩りで下肢や胴体、頭部が次々見つかり、身元も50代の塗装業者だと判明する。故人はトラブルが多かったと、10日前に行方不明者届を出していた一人息子が証言するが、なぜ遺体が切断され、山麓にばらまかれたのか(命の恩)

他に、立てこもり事件を描いた「本物か」など、群馬県警捜査第一課の葛警部が活躍する計5編を収録。〈彼らは葛をよい上司だとは思っていないが、葛の捜査能力を疑う者は、一人もいない〉。県内で発生する数々の事件と、葛警部の推理を描いた、警察小説だ。謎が鮮やかに解き明かされる、ミステリ短編の醍醐味を味わえる。

(C・A)

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