Web版 有鄰

591令和6年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

きらん風月』 永井紗耶子:著/講談社:刊/1,980円(税込)

江戸幕府の老中首座として寛政の改革を主導した松平定信は、老中を辞して白河藩主の家督も譲り、風月翁、楽翁と称して旅をしていた。1818(文化15)年春、掛川城に入り、「栗杖亭鬼卵」の名を耳にする。読本と人物志の両方の作者だと知り、興味を抱いて、日坂宿で煙草屋を営む鬼卵に会いに行く。

60代半ばに見える煙草屋の主は、定信ら仰々しい一行に慌てる様子を見せず、煙草を勧めてくる。買う代わりに話を求めた定信に、鬼卵は来し方を語り始めた。

1760(宝暦10)年、河内国佐太の出身で、陣屋に手代として仕える17歳の伊奈文吾は、「楽しいことをせい」という父の言いつけに導かれて狂歌師・栗柯亭木端の弟子になり、絵画や連歌に親しんでいた。実直な武士の非業の死を知って、お家騒動の顛末を書いた「失政録」を木端とともに作り、鬼卵と号を変える。上田秋成、円山応挙ら文人墨客と交流し、圧政に抗い、自由を追い求めた。

江戸時代後期の戯作者、栗杖亭鬼卵(1744-1823)の人生を描いた長編小説。自由人・鬼卵との出会いで、隠居後も政に囚われていた定信に変化が生まれる。『木挽町のあだ討ち』で第36回山本周五郎賞と第169回直木賞をダブル受賞した著者の、受賞第一作。

タスキ彼方』 額賀澪:著/小学館:刊/1,980円(税込)

『タスキ彼方』・表紙

『タスキ彼方』
小学館刊

2023(令和5)年4月、日東大学陸上競技部の駅伝監督に就任したばかりの成竹一進は、来年第100回を迎える箱根駅伝のランナーに、教え子の神原八雲を加えたいと考えていた。ボストンマラソンで神原の入賞を見届け、古い日記を手にする。陸軍に入隊して南方戦線へ行くことになった世良貞勝という人物は、〈最後の箱根駅伝〉をその日記に記していた。

1940(昭和15)年1月、日東大学陸上競技部の新倉篤志は、第21回箱根駅伝の10区を走ってゴールテープを切った。日東大は5度目の総合優勝を飾ったが、同年秋、箱根駅伝中止の一報が届く。大陸で戦火が広がり、軍需物資を運ぶ国道1号の使用許可が下りない。鍛錬のための大会として青梅駅伝が開かれるが、学生は卒業して徴兵され、新倉も「箱根が、走りたかったよ」と漏らして入営する。第2回青梅駅伝の開催から8日後、太平洋戦争が勃発する。関東学連の一員だった世良は、箱根駅伝の復活に奔走するが……。

ボロボロの日記に残された学生たちの熱い思いと運命を知った成竹らは、歴史を繋いで第100回大会に臨む。今年第100回を迎えた箱根駅伝を題材に、昭和と令和、二つの時代を交錯させた青春小説。スポーツ競技を愛する人々の、熱い思いを描いている。

まだ終わらないで、文化祭』 藤つかさ:著/双葉社:刊/1,760円(税込)

第65回八津丘高校文化祭の1日目。実行委員で3年生の市ヶ谷のぞみは、早朝から登校した。すると教師の尾崎から、掲示板に貼られていたと、『BE YOURSELF』という2年前の文化祭のポスターを見せられる。2年前、教員が怪我をする事件が文化祭で起きて動画が拡散し、報道された。以来、学校側の締めつけが厳しくなって生徒のゲリラ活動は潰されてきたが、今年こそ何かしようと企む生徒がいるのだろうか? 2年前の象徴と言えるポスターを貼ったのは誰なのか、市ヶ谷は3年生の佐竹優希と聞き込みを始める。

友達もいて、勉強もできて、誰からも信頼される市ヶ谷は、バランス感覚に長けた優等生だ。顔も広く、軽音楽部、家庭科部、自然科学部を回ってポスターに関する情報を手に入れるが、証言の内容は矛盾していた。誰かが嘘をついている? 何のために? 謎が深まる中、文化祭は進行していく。

毎年誰かが起こす「サプライズ」を慣例にしていた文化祭で、生徒たちの思惑が交錯する。2020年に「見えない意図」で第42回小説推理新人賞を受賞し、受賞作を収めた『その意図は見えなくて』で単行本デビューした著者の、書き下ろし長編ミステリー。謎と心理に引き込まれる青春群像劇である。

みどりいせき』 大田ステファニー歓人:著/集英社:刊/1,870円(税込)

高校で部活に入らず、補習をとらず、バイトもクビになった桃瀬翠(僕)は、不登校になりかけていた。学級委員の山本くんに振替実習の班に誘われる中、小学校のときに軟式野球でバッテリーを組んでいた春と再会する。春は鳴海先輩の彼女らしい。

振替実習よりも春との再会に引っ張られた僕は、春や先輩がしていた闇バイトに巻き込まれる。〈クラスの人らは鎌倉ではしゃいでるってのにぼくは何してんのだろか、まじ〉。街の裏側に入り、元に戻れなくなる怖さを感じつつも、野球をやめてから楽しいことがなかった僕は、思い出を共有する春といることにする。しかし、血まみれでヤサに帰ってくる先輩や、怪しいメッセージアプリで客を誘導する春といると緊張感がみなぎり、胃が縮む思いだ。仲間に馴染んで、居場所ができたつもりだったが……。

〈僕は自分が恥ずかしくなった。春と動くようんなってから、学校でみんなが経験しないことを自分はこなしてる、って得意な気持ちに浸って、クラスの人らを動物を見るみたいにながめてた〉

表の社会で暮らす人の視野には入らない、世の中の裏側に広がる世界と、10代の高揚、連帯、喪失を、「今」を映す独特の筆致で描いた長編小説。第47回すばる文学賞受賞作。

(C・A)

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