Web版 有鄰

510平成22年9月10日発行

「読みきかせ」で育む想像力 – 2面

森内直美

読んであげるのはおかあさん・おとうさんの声が一番

賑わう商店街の一角で、ガラスの風鈴の涼し気な音、おかあさんと一緒の四歳くらいの男の子が立ちどまり、『きれいな音だね』と見上げました。風が止むと聞こえなくなる風鈴の音いろを、親子は「ああ、止まっちゃったね」「ほらまた、いい音…」と、ゆったりと楽しんでいます。スピード優先の世の中にこのような親子がいることを知って嬉しくなり、ふと、長年続けている会のことに思いを馳せました。

有隣堂本店で、月に1回の「絵本だいすきの会」という読みきかせの会を始めて14年になります(数年間、たまプラーザ、藤沢、新百合ヶ丘、横浜駅西口店でも並行して開催)。対象は3歳から6、7歳の親子、毎回テーマを決めて絵本3冊と紙芝居1冊を読み、テーマに沿った折り紙あそびや、わらべうたを加えています。終わりに、その日の書名、作者名、出版社を記したプログラムを配り“今月の詩”をみんなで声に出して読みます。親と子が優しい笑顔に包まれ、ゆったりと穏やかに時が流れる1時間です。絵本や紙芝居は、聴き手と読み手の心を通い合わせる魔法のような力を持っています。

絵本であればなんでもよいというわけではありません。温かみのあるもの、子どもの視点に立って書かれたもの、絵も文も、豊かで美しい感性に満ちているもの…などを基準に、常に質の高いものを選ぶように心がけています。

すぐれた子どもの本には、生きることの意味や、一番大事なこと、本当に楽しいことって何? つらいときにどのように耐えればよいか? などがやさしいことばで描かれています。

二度と戻ってこない子ども時代に、“本当にいいもの”に出会わせてあげたいと、本選びには細心の注意を払います。と言っても、私はあくまでも「こんなふうに読んでみたら?」と、良い本の紹介をする橋渡し役。「読んであげるのは、おかあさんやおとうさんの声が一番ですよ」と話しています。児童文学者の椋鳩十さんも、ご著書『お母さんの声は金の鈴』(あすなろ書房)の中で次のようにおっしゃっています。「おかあさんが読んでくれた本の思い出は、その声のぬくもりと共に子どもの心にずーっと残っていく。そして何か折りがあるたびにヒョイと思い出されてきて心の中で金の鈴のごとく鳴るんです」

私が小学1年の頃、「岩波の子どもの本」が数冊創刊されました。一番好きだったのは、バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』、石井桃子さんの訳が耳に心地よく、くり返し声に出して読みました。というのも、当時、父が絵を描き、母が脚本を書いて作ってくれたオリジナル紙芝居を小学校でのお誕生会で毎月演じていたので、書物を声に出して読むのは私にとってはとても自然で当り前のことだったのです。『ちいさいおうち』は、想像の翼を思いきり羽ばたかせてくれる大好きな本、生涯忘れられない本になりました。本当の幸福とは何か、平和とは何かを考えるきっかけをつくってくれた原点の本です。

昭和40年(1965年)、皇太子殿下(現天皇陛下)のご成婚を記念して、現在の横浜市青葉区奈良町に「こどもの国」が開園しました。昭和37年に、そのシンボルマークのデザインの全国公募があり、当時中学3年生だった私の作品の採用が決まりました。世界中の子どもたちが仲良く手をとりあう様子を赤、青、黄、黒、緑のオリンピックカラーで表現したもので、いまも園を訪れる人々を温かく見守っています。東急こどもの国線の車両に描かれていた時期もあり、郵便切手にもなりました。

「こどもの国」を孫と訪れる年齢になりましたが、園内にある記念碑に、「平和な世界のなかで、こどもたちがのびのびと育ちますように」と刻まれているのを見ると、当時の思いがよみがえり、感慨深いものがあります。

読み手(演じ手)は作品の心を伝えるのが役目

高校、大学とカトリックのミッションスクールに通った私は、神父さまやシスターの教えに共鳴、The joy of giving(与えるよろこび)を人生の指針にするようになりました。自分の一番得意なことで社会の役に立つことができればと、学生時代からいまに至るまで絵本や紙芝居、詩の読みきかせを続けています。それをテーマに2001年に作った紙芝居が『すてきなプレゼント』(童心社)です。「プレゼントって、もらうのもうれしいけど、プレゼントするときの方が、もっともっとうれしいんだね」という5歳の主人公ユミちゃんのせりふに思いを込めました。

有隣堂以外にも数箇所で定例の読みきかせの会を開いています。私は、絵本のときも紙芝居のときも、BGMや効果音は一切使わず、生の声だけで伝えています。

有隣堂「絵本だいすきの会」で読みきかせをする筆者

有隣堂「絵本だいすきの会」で読みきかせをする筆者
(有隣堂たまプラーザ店・2000年)

あるところで、宮沢賢治原作の『なめとこ山のくま』(諸橋精光脚本/画・童心社)の紙芝居を演じたときのことです。終わってから小学5年生の女の子が寄ってきて言いました。「わたし、紙芝居って静かだから好き。自分でいっぱい想像できるから。テレビでもDVDでも、悲しいストーリーのときは悲しそうな音楽が、楽しいときは、それっぽい音楽が流れて感情をあおるでしょ。それって、ものすごく迷惑なの。きょうは音楽が全然なくて静かだったから、自分でたっぷり想像することができてほんとによかった。『なめとこ山のくま』、感動だった。今度、原作も読んでみる!」

これを聞いて私はとても嬉しくなりました。この子は、想像することのよろこびをしっかり感じている。そして、この子には 作品に込められた作者の想いやメッセージがきちんと伝わったのだと。

読みきかせをするときの心構えを私はいつも、「読み手(演じ手)は、作品の心を伝えるのが役目なのだから、まず、すぐれた作品を選び、作品そのものが持つ力を信じて謙虚に誠実に読めば、“いいもの”は必ず伝わります。くれぐれも読み手の自己パフォーマンスにならないように」と、講座でも話しているのですが、この5年生の女の子の感想は、まさにその実証のようでした。

いま、子どもにも大人にも欠けているのは“想像力”ではないかと思います。想という字は、相手の心と書きます。相手の心に寄り添う、相手の気持になって考える、それができない人間が増えると世の中は殺伐としたものになります。

すぐれた絵本や紙芝居は、想像力をたっぷり膨らませてくれます。逆に想像力が膨らまない作品は薄っぺらで虚しい。子どもたちにも大人にも、もっともっと良質の本に親しんでもらいたいと思います。そして生涯手元に置いて読み続けたい大好きな1冊を見つけてほしい。“相手の側に我が身を置いてみる力”は、たくさんの本に出会うことで培われるでしょう。

「いのち、心、平和」を伝える読みきかせの会を

ことしは国民読書年、神奈川県教育委員会では毎月第1日曜日を「ファミリー読書の日」として家族で読書を楽しむことを奨励しているようです。私も、さまざまな場所で、「ああ、良い絵本や紙芝居に出会えてよかった」と、幸せの余韻を感じていただけるようなプログラムを用意していきたいと思っています。

もうひとつ、ぜひ実現しなければと思っていることがあります。未来を担う中学生、高校生に向けて、単発ではなく継続して「いのち、心、平和」を伝える読みきかせの会を開くという企画です。

最後にもうひとつ、読みきかせを始めようと思っている方、家庭でファミリー読書タイムを考えている方にお薦めの本をご紹介します。松岡享子著『サンタクロースの部屋』(こぐま社)。長年、バイブルのように何度も読み返している本です。

森内直美 (もりうち なおみ)

1947年京都府生まれ。
絵本・紙芝居研究家。 財団法人子どもの文化研究所所員。 紙芝居文化推進協議会理事。 著書『すてきなプレゼント』童心社(品切)。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.