Web版 有鄰

510平成22年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

白い道』 吉村 昭:著/岩波書店:刊/1,700円+税

白い道・表紙

『白い道』
岩波書店:刊

単行本初収録となるエッセー・講演25編をまとめている。数度の芥川賞候補になった私小説から、フィクション『星への旅』で太宰治賞を受けた後、話題となった戦記小説『戦艦武蔵』を書き、さらに歴史小説に転じていく、その動機が細かに記されていて興味深い。

表題作は敗戦の日の話。当時、旧制中学をくりあげ卒業したばかりの著者は、長兄が経営する千葉県浦安町の造船所で働いていた。8月15日の正午、浦安の町の中を歩いていた著者は、廃業したクリーニング屋から流れてきた天皇の玉音放送を聞く。

その言葉の中に「ポッタム宣言受諾」という言葉を聞いた氏は「体が一瞬氷のように冷えるのを感じた」。長兄を通じて「ポッタム宣言」が、連合国の降伏要求であることを聞いていたからである。

思わず「負けたあ」と、吐くように言った氏は、そばにいた漁師に、「負けたとは何だ」と、胸倉をつかまれる。著者が玉音放送の内容を説明すると、漁師は手を放し「いぶかしそうな悲しそうな表情」で見つめたという。クリーニング屋を離れ、路面が白い貝殻屑の覆われた入江ぞいの道を歩く。空は鈍く光り白っぽい。

「戦争に負けるということは白いことなのだ、と妙なことを考えながら、私は白い道を歩いていた」など、敗戦詩ともいいたい一節。

現代語裏辞典』 筒井康隆:著/文藝春秋:刊/2,300円+税

〔愛〕「すべて自分に向ける感情。他へはお裾分け」から〔ワンルームマンション〕「部屋の中に風呂も便所もある」まで1万2千語を収録。

関連語を見ると、〔恋〕は「お医者様や草津の湯が思案の帆掛け舟に乗ること」。これは“お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ”という歌を知らないと分るまい。〔恋人〕は「いないと寂しく、いると鬱陶しい」。ついでに〔女性〕は「殺されると「美女」と書かれる人種」。〔男〕は「両性のうち、弱さ、消極性、だらしなさ、未練がましさ、卑怯、女女しさなどの特徴を持つ方の性」。〔セックス〕は「小学生が自発的に辞書を引く言葉」。また〔マンション〕は「一億円以下の物件」であり、〔アパート〕は「一方の壁が崩れ落ちたとき、住人たちの生活水準が簡単に比較できる住居」とある。〔住居〕は「衣食住のうち、貧富の差が最も際立つもの」であり、〔マイホーム〕は「妻は出て行くローンは残る」。

〔悪魔〕の項で「この辞典の着想のもととなった書物の著者」にあるようにA・ビアス著『悪魔の辞典』の日本版。ちなみに著者が『大いなる助走』で選考委員たちをからかった〔直木賞〕の項は「直木三十五なんて、誰か読んだ?」。〔小説〕は「文字による饒舌」であり、〔小説家〕は「大説家と中説家は絶滅し、今やこんな人しか残っていない」とある。また〔辞典〕は「唾棄すべき常識の巣窟。本辞典のみはさにあらず」だそうだ。

ははははハハハ』 永 六輔・矢崎泰久:著/講談社:刊/419円+税

『バカまるだし』『ふたりの品格』につづく対談シリーズ3部作の完結編。前2著は単行本の文庫化だが、これは月刊「現代」の連載「人生道中膝栗毛」に加筆・修正した文庫オリジナルという。

ともに昭和8年生まれ。後期高齢者に達した2人の毒舌と、漫才のツッコミとボケのような絡みが楽しい。東京都知事の石原慎太郎が、湘南高校でサッカーをやっていた時代、矢崎も成城学園のサッカー部にいて、強豪相手にまともなことでは勝てないので彼のユニホームやベルトをつかんで引き倒していたという。

「高校生のころから、こすからいことをしていたんだ」と、からかう永に、矢崎はメディアが増幅させた有名性と政治家としての能力があまりに乖離していると、都副知事の猪瀬直樹や大阪府知事の橋下徹の名を上げる。

矢崎の新聞記者時代、急性虫垂炎で手術入院すると7人の愛人が病室に来て困った話をすると、「惚れられても、僕が惚れないから浮気をしたことがない」と永。5回も結婚した、いずみたくの葬儀委員長をつとめたとき、焼香の順番も結婚した順序になるよう仕切ったとか。野坂昭如も据え膳がダメで一生懸命口説きはしても「ホテルの前まで行くと怖気づいて逃げちゃう」(矢崎)など、瀬戸内寂聴、小林亜星、小沢昭一、黒柳徹子、川端康成らの秘話も多く、興味深い。

「人生二毛作」のすすめ』 外山滋比古:著/飛鳥新社:刊/1,200円+税

二毛作とは、1年間に米と麦というように、2種類の異なった作物を、同じ耕地で栽培、収穫すること。

60代で大学をやめ、二毛作人生へ乗り出し、現在、87歳の著者が「年をとればとるほど、不思議なくらい、内からみなぎる力を感じる」ようになったという、その秘訣を伝授する。

毎朝5時47分の電車に乗り、皇居のまわりを1時間半ほど散歩するのが日課。北の丸公園では6時半からのラジオ体操に加わり、大手町駅まで歩いて、家に帰るのは8時過ぎで歩数は約1万歩。ただし、野暮な万歩計を使うのではなく自分で数えている。

以上は第1章の「まず自分の足で歩く」だが、何事にも群を抜いた積極性が目立つ。40代になったら「将来の仕事」を考え、第2の人生の資金づくりは30代から、それも預金、保険に頼らず、株式投資など自らの経験に照らした方法を勧める。「一日に一度は外に出る」、「男子、厨房に入るべし」「おしゃべりは若返りの秘薬」など、まずは常識的な教えの一方、「賞味期限切れの友情は、捨てるか買い換える」「よけいな読書はしない」など、ユニークな提言に魅力がある。

(K・K)

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