Web版 有鄰

510平成22年9月10日発行

石井光太と『レンタルチャイルド』 – 人と作品

インド、ムンバイの貧しき子供たちの変貌を描く

石井光太氏
石井光太

2002年に会った路上生活者のその後を追う

インド随一の商都ムンバイを、石井さんが訪れたのは2002年の冬。東南アジアを巡り、障害者の暮らしを見つめる旅の途上だったが、この街には障害者の数が不自然に多かった。より憐れみを誘って金を得るよう、マフィアに障害者にされた路上生活者がいたのだ。本書は、2002年に会った人々の、「その後」を描いた長編作品である。

「『物乞う仏陀』の一編としてインドのストリートチルドレンを書き、題材の奥行きが深く、短編では少なすぎる感覚がありました。子供たちがどうなっていくのか、人間性を主眼に追いかけたい気持ちがあった。時間をかけて変化を見つめるテーマのひとつに選び、10年近くをかけて、この作品になりました」

2002年冬、元路上生活者のマノージを案内役にムンバイ最深部に分け入った石井さんは、赤ん坊を抱いて物乞いをする女たちと出会う。子連れの方が稼ぎがいいため、マフィアから子供を借りる。それが「レンタルチャイルド」だ。幼くして誘拐され、レンタルチャイルドとして使われた後、路上に放られた少年らが群れ、リーダー格の少年がラジャだった。2002年、2004年夏、2008年春――。子供たちの変化を3部構成で描く。

「実際は3回以上行っています。2006年に訪ねたときは彼らに会えず、ただ、街が相当様変わりした印象がありました。インドはこの10年で大きく変わり、取材を始めた当初はこんな変化を見るとは予想していなかった。2008年に行くとさらにがらっと変わっていたので、街の変化と、それに伴走するような子供たちの変化、両方を3部で書く構成が浮かびました」

路上に放られ、体を傷つけられた幼児は、2002年から2004年のわずか2年で荒んだ少年に成長し、”ミニマフィア”のようになっていた。弱い者同士は助け合うのではなく、ぶつかり合う。

「親の愛情を受けず、物心ついたときから酷い環境で育った子はなかなかまともに育たない。日本でも、同じじゃないですか。悲惨な存在と思って会うと、彼らこそ悪人だったりする。僕は、事前に勉強して取材に行き、実際に対象に会って、持っていた価値観、情報がすべて音をたてて崩れたところにこそテーマがあると思っています。運命に翻弄されて、人は善にも悪にもなる、加害者にも被害者にもなる。だから、区分なんて本来意味を持たないのが、現実の世界です。固定観念が崩された場面の羅列で、最後に何が残るのかを試してみたかった。本来の世界が浮き彫りになったところから、人間とは何なのか、こんなに運命に翻弄される、小さな生き物なんだと書いてみたかった」

〈私はしばらくその場に立ちすくんでいた〉と、『物乞う仏陀』中の一編で書いた感覚は、その後、約10年をかけて対象を見つめて、変わることはなかった。

「今回も、書いているうちに相当、混乱しました。取材するときは対象を見ているだけですが、書くときは掘り下げていくから、掘っているのか逆戻りしているのか、対象が深いほど、自分がどこにいるのか分からなくなる。現実の前に立ちすくんだ、沈黙を沈黙として描くしかないのかなと。普通に暮らしていて考えられないような情景を、沈黙を沈黙として書くことで、問題提起ができればいい」

人間の儚さ、脆さ、逞しさが混在する情景を書きたい

1977年東京生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、国内外の文化、歴史、医療などをテーマに執筆。アジアの障害者や物乞いに取材した『物乞う仏陀』、『神の棄てた裸体』、『絶対貧困』などの著書がある。

「幼いときから何かものを作る人になりたいと思っていて、大学一年の頃から海外に行き、海外ルポを手がけるようになりました。興味があるのは人間に対してで、人間を丸裸にする道具のようなものとして、貧困、性、障害、病気などがあると考え、取材しています。もともと、読むのも観るのも好き。感動する、心を動かされるものが好きですから、自分も書いたもので人の心を動かしたい。高校球児の姿もそうですが、理屈が吹っ飛ぶ瞬間、人間が丸裸になった瞬間、言葉にならないところに、人は感動すると思います。自分が丸裸にできるものを丸裸にして、それを描いて、人を感動させたい。理屈っぽく、上から目線で人間はこうだというのではなく、人間の儚さ、脆さ、逞しさが混在する情景を、小中学生でも分かるように書いて、心に残してもらいたいと、何をやるのでも思っています」

(青木千恵)

『レンタルチャイルド』・表紙

レンタルチャイルド
石井光太/新潮社/1,500円+税

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