Web版 有鄰

486平成20年5月10日発行

椰月美智子と『しずかな日々』 – 人と作品

おじいさんの家ですごした少年の夏の日を描く

椰月美智子氏
椰月美智子

子供時代の気持ちを思い出して執筆

主人公、枝田光輝が母親と離れ、おじいさんの家ですごした夏の日々を描く。06年12月に刊行、昨年暮れに野間児童文芸賞、今年2月に坪田譲治文学賞を受賞した。

「なかなかテンションが上がらずに1年がかりで書いた小説です。編集の方に渡して『いい作品です』と感想を言われただけでも驚きで、賞を受けるなんて、まったく想像していませんでした」

母とふたりきりの母子家庭に育った光輝は、小学五年生になるまで、幽霊のように存在感のない少年だった。「五年二組」に進級すると、後ろの席に座っていた押野から声をかけられ、初めて野球に参加して、社会への小さな一歩を踏み出す。「えだいち」のあだ名をつけられてクラスに親しんでいくが、母が突然会社を辞め、引っ越すと言い出す。光輝は転校を拒否し、母の父で近所に住む「おじいさん」の家に預けられる。

「もともと、占いや妖怪やおばけ、民話や昔話に興味があり、当初は、占いやスピリチュアルについて書いてみたいと担当の方と話していました。書いてみると、それらについてほとんど触れず、夏の日々の話になりました。ロボット工場を訪ねること、おじいさんの家にみんなで泊まることの、書きたかった二つのエピソードが後半でようやく書けて、ほっとしました」

〈俺、ちょっと気になる場所があるんだ〉。押野に誘われて、光輝は川向こうの工場を見に行く。期待した“ロボット工場”と違っていた。

「駅を出ると海が一面に見える、高校時代に好きだった場所がありました。一度、海に行こうとしたら意外に遠くて、想像と実際が違っていた体験を書きたいと思っていました。“こんな場所がある”と、教えたい、言いたい気持ちがあり、自分の中にあるものを書くうちに物語ができていく感じです。子供時代の感情をいろいろ覚えていて、思い出して書いています。小説を書き始めると思い出し、思い出すと書きたくなる。例えば、子供時代に凄く恥ずかしい思いをして、具体的に何があったのかを忘れても、そのとき教室の窓からさんさんと降り注いでいた光の具合なんかを覚えているんです」

物語は、大人になった光輝が、おじいさんの家ですごした小学五年生の楽しかった夏の日々を、振り返り、語る構成になっている。

「私たちは日々選択をして生きている、“ああしておけば“こうしておけば”を本当にしていたら、今の自分はないし、今の自分で正解なんだ—と、私が常々思っていることが、小説をまとめていく段階になって出てきました。アメリカの作家、レイモンド・カーヴァーが好きで、幸せな時間が静かに流れるすぐ傍らで、怖いようなおかしな出来事が起きている世界が現実だと思っているところがあります。おじいさんや押野と楽しくすごす“えだいち”の世界の傍らに、会わなくなった母さんのスピリチュアルな世界がある。意図せずにそんな物語になりました」

生まれ育った小田原の雰囲気、光景が作品に反映

1970年、小田原市生まれ。20代後半のころ、仕事が面白くなくて「小説家にでもなろうかな」と友人にこぼした言葉が、小説を書くきっかけになった。

「“芸能人にでも”と変わらないノリで言ったら、『なれるよ』と言われて、なれるかも知れない?と思って書き始めました」

2001年、小説2作目の『十二歳』で講談社児童文学新人賞を受賞。児童文学の賞でデビューしたが、依頼に応じて小説の幅を広げている。05年、一般向けの初の短編集『未来の息子』を刊行。1歳2か月になる男の子の育児をしながら、小説を書いている。作品には、生まれ育った小田原市の雰囲気、光景が反映されている。

「小田原は、都内にすぐに行けて、伊豆にも近く、住みやすい町です。この町がいいと思って暮らしています。都内の地下鉄事情などはまるで分からず、書こうと思っても書けないので、作品に小田原色が出てきます。小説家として大きな構想はなく、依頼していただける限り、書いていきたい。依頼されたテーマや枚数に沿って、宿題をするように書き、書き上がると“本当に勉強になるな”と思います。仕上げたときは、凄い達成感があって嬉しいので、ここまで書いたらもったいないから仕上げようと、子供が寝ている間にコツコツ書いています。嘘をつけない性格で、奇想天外な話でも、まるっきりの嘘を書いたつもりはないんです」。

(青木千恵)

『しずかな日々』・表紙

しずかな日々
椰月美智子/講談社/1,400円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.