Web版 有鄰

486平成20年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

叡智の断片
池澤夏樹:著/集英社インターナショナル:刊/1,600円+税

『叡智の断片』・表紙

『叡智の断片』
集英社インターナショナル:刊

フランスに住む作家が、世界のジョークを集め、注釈を加えた本。

ジョークの達人といえば、英国のチャーチル元首相が有名だが中でも次の話は痛烈。

ナンシー・アスターというイギリス初の女性議員がチャーチルに「私があなたの妻ならば、きっとコーヒーに毒を入れるわ」と言ったのに対して、彼は「万一あなたが妻ということになったら、私はそれを飲むだろう」と答えた。

ロシアのゴルバチョフ元大統領も負けていない。

「ミッテランには百人の愛人がおり、中の一人がエイズだが、それがどの女か彼は知らない。ブッシュには百人のボディガードがおり、中の一人がテロリストだが、それが誰か彼にはわからない。そして私には百人の経済顧問が付いていて、その一人は優秀なはずだが、それが誰だか私にはわからないんだ」

それぞれの国民の性格をあらわして巧いが、間違いなくソ連経済が深厚な危機にあったときのゴルバチョフの発言と著者は書いている。

石油が出て大富豪になったアラブの老人の話もおもしろい。一度も自分の村を出たことのなかった彼が、初めてニューヨークに行った。最高級のホテルに着き、秘書が手続きをしている間、ロビーの椅子に座っていると、一人の老婆がエレベーターに入った。あの狭い部屋は何だろうと彼が見ていると、10秒後、同じ扉が開いて若い美女が出てきた。そこへ戻ってきた秘書に彼は言った。「あの機械を買って帰ろう」。

発言のほとんどに英文がつけられており、英語の勉強にもなろう。

東京坂道散歩』 富田 均:著/東京新聞出版局:刊/1,300円+税

文人やスターにちなむ坂道、江戸・明治から昭和の面影を残す坂道、名木・老木のある坂道など120の坂道を写真をつけて紹介している。

若いころ、アングラ映画の製作で国際賞を受けたこともある著者だけに映画にまつわる坂も多い。冒頭に「裕次郎坂」(東五反田)が出ている。これは映画「嵐を呼ぶ男」の一場面で、裕次郎が下った20段余りの石段。東京散歩で知られる著者が名前のない坂には、とにかく名前をつけたいと自ら命名した坂という。

本郷のお茶の水坂では神田川沿いにあった「文化アパートメントハウス」(のち日本学生会館、現在はセンチュリータワー)が出てくる。御茶ノ水橋から眺められるこの建物の2階には、昭和5年、明智小五郎(江戸川乱歩が生んだ名探偵)が入居、探偵事務所を開いたのだという。

東日暮里の芋坂では跡地にかかっている跨線橋を明智探偵の好敵手、怪人二十面相が渡っていたのを回想する。映画「少年探偵団・妖怪博士」の一場面というが、相当にマニアックである。

漱石の父が名づけたという新宿・喜久井町の夏目坂。根津の新坂(一名権現坂)がS坂と呼ばれることがあるのは森鴎外の小説『青年』中の次の文章によるという。「此坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている」。

王子来るまで眠り姫』 中平まみ:著/清流出版:刊/1,800円+税

1980年、『ストレイシープ』で文藝賞を受けた著者が、これまでの波乱に富んだ半生、を赤裸々に記している。

“波乱に富んだ”というのは、外面的なことではない。映画監督の中平康の長女に生まれ、「自信の源、核、中心であった」その父が家出。以後、母と妹との、裕福とは言えない生活。

近所の子供たちとお山の大将、お姫様気分で遊んでいた地元の小学校から青山学院初等部に転入、激変した周囲との境遇の差に感じたコンプレックス、孤立感。等々の幼児体験は、その後の著者の性格形成に影響していることは分かるが、よくある話、波乱というほどのものではない。

副賞のミキモトの真珠が欲しくて女流文学賞のアンケートで自分の作品を推薦したり参院選に立候補したりする行動も、芥川賞を渇望した太宰や野間文藝賞に執着した舟橋聖一を思わせこそすれ、作家として珍しいことではない。

波乱万丈なのはその内面生活である。わがまま、と言われることが多い、というが、それは別のところで書いているように、自分の気持ちを正直に出しすぎるのだろう。

一方、他人の「書いていますか」「毎日、何をしていますか」といった、何でもない(陳腐な)質問も「真正面からドスッと」受けてしまい、不機嫌になり疲れてしまう。

「終始シーソーに乗っているか、波乗りしている感じ」というから、つくづく大変だなと思った。

ほめことば練習帳』 山下景子:著/幻冬舎新書:刊/760円+税

昔の話だが、筆者の友人が大宅賞作家、上前淳一郎のことを、ほめたつもりで「達者」と座談会でしゃべり、カンカンに怒られたことがある。

「悪達者」という反対語もあるから、「達者」はほめ言葉に違いないが、悪口と受け取られることもある。この本に出てくる「器用」や「利口」も同じだろう。このように、ほめ言葉はむずかしい。

表題から想像しそうな、いわゆる、ハウツウものではない。「造詣が深い」「卒が無い」「口果報[くちがほう]」など、よく耳にする言葉から今では使わなくなった言葉まで、語源にさかのぼって解説しており、勉強になる。

「感動を伝えるほめ言葉」など6章からなるが、「幸せになるほめ言葉」の中に「おはよう」をあげるなど、『美人の日本語』をベストセラーにした著者らしい心配りである。

(K・K)

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.