Web版 有鄰

485平成20年4月10日発行

新しい辞典の誕生によせて
—『新潮日本語漢字辞典』を読む— – 2面

武藤康史

『新潮日本語漢字辞典』

『新潮日本語漢字辞典』

辞典を手に取り調べてみると

国立劇場、2月の文楽公演は楽しかった。人形遣いが(人形を持ったまま)宙乗りしたのには度肝を抜かれた――『義経千本桜』の「狐忠信」である(人形遣いは桐竹勘十郎)。

*1
ひばり(1)

ひばり(1)(*1)山姫捨松[ひばりやまひめすてのまつ]』も見ごたえがあった。雪の降る中、中将姫は継母から割竹で折檻される。雪は舞うように降りしきり、最前列にいた私の席まで雪のかけらが飛んで来た。

ひばり(1)(*1)山姫捨松』を見たのは初めだと思う。足取り軽く帰る道みち、――しかしこの題、ふりがながなかったら私は読めなかったな…とひそかに反省もしたのである。

*2
ひばり(2)

帰宅してふと『新潮日本語漢字辞典』を手に取った。すると驚いた。字形は少々異り、題のよみも微妙に異るものの、「ひばり(2)(*2)」という字のところに、

ひばり(2)(*2)山姫舎松[ひばりやまひめすてまつ]」は人形浄瑠璃の題名。並木宗輔[なみきそうすけ]の作。元文5年(1740年)初演。

とちゃんと載っているのだ。「ひばり(1)(*1)」にせよ、「ひばり(2)(*2)」にせよ、漢和辞典にはめったに載っていないし、載っていても浄瑠璃の題までは書いてない。そしてこの題、『日本国語大辞典』には載っているが、『広辞苑』にも『大辞林』にも(最新の版を見たが)載っていない。『日本古典文学大辞典』には載っているが、『新潮日本文学辞典』には載っていない。

このように漢和辞典からも国語辞典からも文学辞典からもこぼれ落ちそうなことばを、『新潮日本語漢字辞典』は(『広辞苑』などよりずっと小型なのに)ちゃんとすくい上げているのだ――作者の名と、初演の年まで添えて。

(こうなると「ひばり(1)(*1)」「ひばり(2)(*2)」と字形が異っていたことが残念な気もするが、「ひばり(1)(*1)」はあくまで国立劇場がポスターやプログラムに使った字である。元文5年に出た「浄瑠璃絵尽」を見ると、「ひばり(1)(*1)」ではなく「ひばり(2)(*2)」のくずし字が使われていた。「国立劇場上演資料集」にこの写真を載せておきながら、国立劇場はどうして「ひばり(1)(*1)」を使ったのだろう?)

難読の地名や人名をすくい上げる

『新潮日本語漢字辞典』をさらにめくってゆくと、「久」という親字のところに(久安・久遠・久賀・久闊・久々……など「久」で始まる熟語がずらりと並んだその中に)、

【久御山】[くみやま] 京都府久世[くぜ]郡の町。

というのがあった。

【久里浜】[くりはま] 神奈川県横須賀[よこすか]市の地名。

もある。ほかにも、

【佃野】[つくの] 横浜市の地名。

【剃金】[そりがね] 千葉県長生[ちょうせい]郡白子[しらこ]町の地名。

などがあり、つまり読みにくい(または読み誤りやすい)地名を日本中から拾い集めて載せている。

また「子」を引くと、

【子母沢】[しもざわ] 姓氏の一つ。

があり、「興」を引くと、

【興梠】[こうろ]・[こうろぎ] 姓氏の一つ。

がある。読みにくい(または読み誤りやすい)姓もたくさん載せて、可能性のある読み方をいくつでも並べるという方針らしい。「暉」を引いたら、

【暉峻】[たるおか]・[てりざか]・[てるおか]・[てるざか]・[ひのさか] 姓氏の一つ。「暉峻康隆[てるおかやすたか](国文学者)」

と、その姓の有名人をフルネームで載せ、正しい読み方を示していた。

熟語を列挙する前、漢字一字の意味・用法を説く箇所でも、「平」には、

「平幹二郎[ひらみきじろう](俳優)」

があり、「允」には、

よし「木戸孝允[たかよし]」・まこと「佐藤允(俳優)」・まさ「佐藤允彦(ジャズピアニスト)」

と時代を超えた3人が並ぶ(このあと「允恭天皇」も立項される)。「かん(3)(*3)」には、

*3
かん(3)

①「芝かん(3)(*3)[しかん]」は三世中村歌右衛門の俳名。また、歌舞伎役者の名。
②「かん(3)(*3)[いとう]」は姓氏の一つ。

とこまやかな解説があった。

人名や地名をすべて載せているわけではない。そんなことをしたら一冊に収まらない。難読の固有名詞をみごとにすくい上げている。その点が立派である。

辞書を引きたくなるのは読めない漢字があるとき

われわれが辞書を引きたくなるのはまさしくこんなとき――読めない漢字があるときだろう。「暉峻康隆」「平幹二郎」「佐藤允」「中村芝かん(3)(*3)」などいずれも、正しく読めないようでは社会人としてはなはだよろしくない。教養のない人間と見なされるであろう。意外な例の挙げ方のようだが、じつは社会の常識を説いているのだ。字が読めなければ人名辞典も引きにくい。まさしく漢字の辞典の出番である。しかしこんなことまで教えてくれる漢字の辞典がかつてあっただろうか。

漢和辞典はもともと漢詩文を読むために(あるいは漢詩を作ったりするために)作られた。漢字の辞書というだけなら日本にも大昔からあったが、今日多くの人が思い浮かべる体裁の漢和辞典は明治時代の半ばに生れたものである。日本で作られた漢字語などはほとんど載せず、用例も古い漢詩文のみ――そんな流儀が長く続いていたのだが、近ごろは「日本語もたくさん載せた」と宣言するものが増えた。そのため書名も『現代漢語例解辞典』『岩波新漢語辞典』『大修館漢語新辞典』『角川現代漢字語辞典』など、「漢和」を避けるものが多い。ところがこの中の一つで「かん(3)(*3)」を引こうとしたら、「玩」の字の解説の中で《=かん(3)(*3)[ガン]》とふれるだけだった。これでは「中村芝かん(3)(*3)」は読めない。

旧字・異体字・別体字などを使い分ける要求にも答える

かん(3)とかん(4)
*3  *4

『新潮日本語漢字辞典』は「玩」の別体として「かん(3)(*3)」の項を独立させるという扱いだった。その隣には「かん(4)(*4)」も別体として載せ(はねと羽の違いがある)、

2004年にJIS X0213の字形が「かん(4)(*4)」から「かん(3)(*3)」に改められた。

というような注もある。当用漢字や常用漢字のことのみならず旧字・本字・正字・別体などにもやかましく、JIS漢字のこと(その変更の軌跡など)にも詳しいのだ。

「館」の別体として掲げられた「舘」の項には、

「国士舘大学[こくしかんだいがく]」は私立大学の一つ。本部は東京都世田谷区にある。「東京會舘」は東京都千代田区にある宴会場の名。

とあった。まさしく今日この字体を使わなければならない二つの代表的な固有名詞である。これを「館」と書いたら、やはり社会人としてはいかがなものか……。

人名にしても旧字や異体字・別体字を頑として使う人が急増中で、世間もそれを容認する傾向にある。この点、かつて漢字制限論者が夢見た理想社会とはだいぶ違ってしまったようだけれど、やはり人間は難しい漢字でもどんどん使うし、異る字体でも使い分けるものらしい。『新潮日本語漢字辞典』は現代人のそういう要求に細かく答えようとしている。

用例を近現代の文学作品から多用

この辞書の最も目立つ特徴は、近現代の文学作品から採られた大量の用例であろう。たとえば「加味」には、

「つまり色事師と云ふ言葉がもつてゐる江戸情緒をそつくりぬき取つて了しまつて、その代りに、多少の人道主義を加味した、と云ふくらゐのところかな〔多情仏心〕」

と里見とん(5)(*5)の用例が、「手形」には、

「女は手形なしに関所も通れなかつた時代のあつたことを想像して見るがいゝ〔夜明け前〕」

と島崎藤村の用例が引かれている。

*5
とん(5)

一つの親字で始まる熟語がずらりと並んでいるわけだが、そこには「山葵[わさび]」「矢鱈[やたら]」「御稜威[みいつ]」など訓読みの語はもとより、「筒抜け」「如才ない」「二番煎じ」「取り上げる」「垂れ籠める」「烏滸[おこ]がましい」「乙な」など送りがなのつく語も一緒である。そのこと自体、旧来の漢和辞典の体裁を打ち破る工夫だが、こういう語にも――たとえば「命知らず」に、

「命知らずと云はれ、喧嘩の名人と謳はれてゐる西山普烈が〔多情仏心〕」

とあるように、用例がちりばめられていた。親字一字の意味・用法を説く箇所においても、たとえば「亡」の項では、

「『然し是からは日本も段々発展するでせう』と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、『亡[ほろ]ほろびるね』と云た〔三四郎〕」

と日本文学史上屈指の名文句と対面することができた。

いちばん多い用例は夏目漱石・森鷗外

*6
おう(6)

ざっと見渡したところ夏目漱石の用例がいちばん多い。森おう(6)(*6)外も多い。〔婦系図〕と〔多情仏心〕もよく目についた。〔桃の雫〕って誰のだっけ? などとしばしばドキッとしたが、巻末の「主要用例出典一覧」を見れば作者はすぐわかる(その次には五十音順の「熟語索引」もあってすこぶる便利)。

これらの用例は主として新潮文庫に求めた、と「後記」で告白していた。新潮社はかねて『新潮文庫の絶版100冊』『新潮文庫 明治の文豪』『新潮文庫 大正の文豪』などのCD‐ROMを出している。これを使って用例を探すところから始めたらしい。

明治以来の編集の蓄積を生かして新しい辞書を作る

思えば新潮社には明治以来の文藝出版の歴史があり、大正以来の新潮文庫の歴史もある。昭和にはいると全4巻の『日本文学大辞典』を完結させ、戦後は『新潮国語辞典』『新潮現代国語辞典』と二つの国語辞典を作っている。文藝出版と辞書出版の両方の伝統があり、新潮文庫の蓄積もあり、その上「週刊新潮」など雑誌も多く出して現代の問題と(たとえば難読の人名などとも?)日々格闘している出版社が、自社の富をしゃぶり尽くすようにして新しい辞書を作り上げたということなのだろう。

従って編者として学者の名などは借りず、「新潮社編」で押し通している。これも珍しく、またすがすがしい。

武藤康史氏
武藤康史 (むとう やすし)

1958年東京都生まれ。評論家。
著書『文学鶴亀』 国書刊行会 2,200円+税、『旧制中学入試問題集』 (ちくま文庫) 筑摩書房 950円+税、『国語辞典の名語釈』三省堂(品切)、『明解物語』 三省堂(品切)、ほか。

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