Web版 有鄰

485平成20年4月10日発行

有鄰らいぶらりい

乳と卵』 川上未映子:著/文藝春秋:刊/1,143円+税

乳と卵・表紙

乳と卵
文藝春秋:刊

第138回の芥川賞。「卵」を「らん」と呼ばせている理由は、次の文章で分かる。

「卵子というのは卵細胞って名前で呼ぶのがほんとうで、ならばなぜ子、という字がつくのかっていうのは、精子、という言葉にあわせて子、をつけているだけなのです」

話は未婚者である「私」の東京のアパートに、大阪から姉の巻子とその娘、緑子がやってきた3日間の出来事を描く。巻子は憑かれたように豊胸手術の話をし、事前の深夜電話もそのことばかり。緑子は半年も前から口を利かなくなり、話はすべて筆談。

冒頭の文章は緑子の独白手記で、この手記と「私」の語りで話が進む。別れた元夫に会ってきたという巻子が酔って帰り、「何かいいや」と、緑子に執拗に迫ったとき。突然、緑子が「お母さん」と声を出し、「ほんまのことゆうてや」と泣きながら手近の卵を次々に頭に打ち付けて割り巻子も同じ事を始めるというドタバタ喜劇のようなカタストロフィを迎える。

夜中の寝言で「おビールください」と大声で言う巻子を「お母さんが、心配やけど、わからへん、し、ゆわれへん」という緑子は、思春期の自分の体の変調を嫌悪している。

選考会では石原慎太郎氏を除いて全員が好意的だったようで、山田詠美氏は「容れ物としての女性の体の中に調合された感情を描いて滑稽にして哀切」と評した。

そうか、もう君はいないのか』 城山三郎:著/新潮社:刊/1,200円+税

昨年3月亡くなった著者がその7年前にガンで他界した愛妻、容子さんを偲んだ手記。

次女紀子さんの後書きによると、最初、渋っていた執筆に、亡くなる半年ほど前から本腰を入れていたという。

逝去後、仕事場にバラバラに点在していた原稿を、編集部で整理したもの。

一橋大学の学生時代、名古屋の図書館で偶然、女子高生の“妖精のような”彼女と出会い結婚まで思いつめていたが、当時の風紀委員が彼女の家に通告して絶交される。

数年後、再び偶然の出会いから結婚に至るいきさつ。新婚初夜の失敗から、亡くなるまでが率直に語られている。著者の文藝講演会に予告なしに現れ、目が合うと当時流行の「シェー」という格好をして、著者を立ち往生させる。

ガンの宣告を受けた日、すでに予期し、緊張して待っている著者のもとに「ガン、ガン、ガンチャン、ガンたらららら…」と歌声とともに帰ってくる。

赤い糸で結ばれた、という慣用句があるが、まさにそうとしか思えないほど、明るく飾らない妻を愛し、夫を気遣った著者夫婦の日常があけすけに語られて感動的。

著者が亡くなる2日前、傍らの次女紀子さんが声をかけると城山さんは朦朧とした意識の中で「ママは?」と声をかけてきたそうだ。

三世相』 松井今朝子:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

全5篇の連作集。帯には、「新直木賞作家が贈る人気捕物帳シリーズ」とあるが、副題は「並木拍子郎種取帳」となっている。拍子郎は、かぶき芝居の台本書きである並木五瓶の弟子で、芝居の種(ネタ)になりそうな世間の噂話を集めるのが「種取帳」の役目。

噂の中には事件につながりそうな出来事もあり、実兄が町奉行所の同心である拍子郎が解決に一役買うこともありこれが「捕物帳」ということらしい。

表題の「さんぜそう」とは前世、現世、来世の因縁を占う中国唐時代の占術書が、日本で占いの小冊子となって江戸ではやったものらしい。

拍子郎や師匠の五瓶は信じないが、五瓶の妻、小でんや拍子郎に思いを寄せている料理屋の娘おあさなどは夢中。そのおあさから、よく当たると評判の占い師の話を聞き、ネタ取りにはなるかと訪れたことからある殺人の謎を解決するのが表題作で、これは捕物帳らしい。

全体には、捕物とも種取ともつかぬ“謎解き帳”といったところ。作者お得意の江戸風俗、それに各話に出てくるおあさが拍子郎を釣ろうと出してくる庶民的な自慢料理も楽しい。

アコギなのかリッパなのか』 畠中 恵:著/実業之日本社:刊/850円+税

『しゃばけ』などのSF時代小説で人気の著者だが、これはSFの要素もない現代ミステリー。

元国会議員でいまだに多くの政治家に頼りにされている大物、大堂剛の事務所で働いている佐倉聖21歳が主人公。妙な表題だが、短編連作の各章題、「開会 政治家事務所の一日」にはじまり、「案件の一 五色の猫」とつづく構成も変わっている。

聖は、大堂の弟子筋らに持ち込まれるさまざまな揉め事を解決する役目。ある議員の後援者が飼っている猫の毛の色が時々変わり、気にしているので確かめてほしい、といった揉め事ともいえぬ依頼にも、しぶしぶ出かけるのは、大堂から弟の学資のやっかいになっているからである。

別の議員は、後援会の幹部が大怪我をしたので、対立している別の幹部との間で噂が立ち、後援会が分裂しかねないので収めて欲しい、と聖に頼んでくる。元暴走族で腕も立つ聖が、その地元で後援会幹部の不良息子2人をのしてしまう場面がいい。彼らは腹たちまぎれに、いたいけな子犬を蹴飛ばしていたのだ。

「聖は、抵抗できない小さな動物を虐める奴が嫌いだ。そういう者に限って、悪行を見つかると、己の可哀相な幼児体験や生活環境のことを、ごちゃごちゃと言い立てるからだ。だからそいつらが口を開く前に、一発顎に思い知らせてやることが正しい対処だと確信している」。

全く同感。スリルやサスペンスはないが気軽に読める。

(K・K)

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