Web版 有鄰

482平成20年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

齋藤孝のざっくり!日本史』 齋藤 孝:著/祥伝社:刊/1,500円+税

歴史の勉強が面白くないのは、過去から現在へたどるから。逆に現在から過去へさかのぼれば、今がいかに過去と結びついているか、が分かって興味が持てる――誰の言葉か忘れたが、なるほどと思って読んだ記憶がある。

この本の第1章は「『廃藩置県』と明治維新」だが、第8章が「『占領』と戦後日本」だから、必ずしも時間をさかのぼっているわけではない。しかし「『仏教伝来』と日本人の精神」といった章題を見ても分かるように、過去の出来事が、日本(人)の今に深く関わっていることを明快におもしろく説いている。

たとえば「『万葉仮名』と日本語」では、中国から「漢字」という文字を「ちゃっかりいただ」きながら、中国語の構造は取り入れず、話し言葉の「やまとことば」に当てて万葉仮名としたこと。次いで書くのが面倒な漢字から「音」をそのまま表すひらがなとカタカナを作る。明治時代には外国文化の概念をあらわす「翻訳語」(幸福、社会、権利など)を発明。と「和洋中の粋を集めた」言語を作ったいきさつを述べている。

「『大化の改新』と藤原氏」では、権威(天皇)と権力を分け、ナンバー2が支配する日本統治がこの時代から始まったことを語る。いずれも我々の今が歴史と密接に結びついていることを興味深く教えてくれる本である。

大人の見識』 阿川弘之:著/新潮社:刊/680円+税

冒頭、テレビを取り上げ、どこを回しても「ワァワァ、ゲラゲラ、人気タレントの馬鹿笑いばかり聞えてくる。自分たちだけで面白がって大声あげて騒いでいるように思えるんだが、何ですかね、あの下品さは。」と、切り捨てるあたり、いかにも著者らしい。

戦後の民主主義教育は、戦時中の教科書を真っ黒に塗りつぶして過去に蓋をするところから始まった。戦争中、日本人は思考停止の状態だったが、戦後も逆の形で思考停止をやっている、と著者は言う。最近はまた反動の反動で、日本の対米戦を肯定するような論議があるが、私は賛成しないと、著者が開戦の翌年、東大を繰り上げ卒業するとき、来賓として演説した東条英機首相などを例に語る。

開戦時の首相、東条に対し終戦に導いた鈴木貫太郎首相は、内閣成立の5日後、ルーズベルト大統領が急逝した時「深い哀悼の意をアメリカ国民に送る」というステートメントを出し世界に反響を呼んだ。スイスの新聞は「武士道精神の発露」と書き、亡命中のノーベル賞作家トーマス・マンは「あの東方の国には騎士道精神と人間の品位に対する感覚」が(ドイツと違って)まだ存在すると、ドイツ国民に語りかけたという。

86歳の著者が長年の見聞を具体的に語って読ませる。

日経大予測 2008年版
日本経済新聞社:編/日本経済新聞出版社:刊/1,700円+税

日本の2008年はどうなるのか。第1章「日本経済」から「金融・マネー」「経営・企業」「産業・科学技術」「政治・制度・社会」「国際情勢」の6章に分けて予測した本。

本命、対抗、大穴の競馬方式で予想しているところがうまい、ともズルイともいえそうだ。たとえば「景気」については、本命「一時減速しながらも成長軌道を維持」、対抗「米景気の失速で(略)後退局面に」、大穴「資源価格高騰に世界的な景気過熱が加わりインフレ懸念高まる」。

庶民に関心のある「物価」では、本命が「消費者物価、緩やかな上昇局面に」。最近の人材採用競争過熱から賃金増→需要の増加→物価上昇の可能性を見ている。問題の原油価格上昇も、物価全体への波及は限定的という見方である。対抗ではいぜん物価下落のデフレ、大穴では「物価上昇が加速、インフレの芽」と正反対を予想している。

海外旅行者や出張組が気になる円相場では「日米金利差が縮小、1ドル=110円前後の円高」が本命。対抗が「120円台の円安定着」で大穴は「米景気変調で円相場急騰」と全体には円高予想である。

その他、米国のサブプライム問題、二ケタ成長を続ける中国の五輪後の失速など、世界経済に影響を与える懸念材料はあるものの、日本経済’08年の見通しはおおむね楽観的なようだ。

トンカチからの伝言』 椎名 誠:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

『トンカチからの伝言』・表紙

『トンカチからの伝言』
文藝春秋:刊

週刊誌連載になったコラム集。軽妙な中にも鋭い警句があり、思わずつり込まれる。著者は旅の人である。日めくりスケジュール表をたずさえて、連日旅に出ている。したがってその目は、非日常的感性を持っている。日常の惰性の中では特に違和感もなく慣れ合っていることでも、ピピッと反応を示す。たとえば地方から東京へ戻ってくると、急に交通渋滞がはげしくなっていた。原因は警官が交差点で交通整理をしているためだとわかる。何と皮肉な現象か。この問題はまだ一面的な見方かもしれないが、その日、歩道に交通安全のテントを張って、歩行者の通行を妨げていたとあっては、著者の指摘に共感せざるを得ない。

著者の直接の見聞だけでなく間接的な話題にも広がっていき、興味は尽きるところを知らない。北九州で道路に痰を吐くのを取り締まろうとしていることにちなんで、中国では今も若い女性が往来で手鼻をかんでいることなどを紹介する。空港での効用不明の身体検査のマンネリズムなども、いわれてみればその通り。

「あとがきにかえて」の「トンカチへの詫び状」が面白い。トンカチは昔は各家庭に1つぐらいはあった。今は仕まいこまれ、忘れられている。しかしトンカチは必要なのだ。

(敬称略)

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