Web版 有鄰

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有鄰

平成16年12月10日  第445号  P5

○座談会 P1   鯨捕りと漂流民 — ペリー来航前夜 (1) (2) (3)
大隅清治/川澄哲夫/春名徹/松信裕
○特集 P4   島崎藤村はなぜ大磯に終の棲家を求めたのか  黒川鍾信
○人と作品 P5   津島佑子と「ナラ・レポート」


 人と作品
津島佑子さん
説話・説教節から浮かび上がる日本の裏面史

津島佑子とナラ・レポート
   
  津島佑子さん


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大仏を見て恐怖したことがきっかけに
 
   「奈良の大仏」をみて、どんな思いを抱くだろうか。 慈悲、荘厳、癒し、伝統などだろうか? 津島佑子さんの場合は、「恐怖」だった。

「前作『笑いオオカミ』の取材中、たまたま万灯会[まんどうえ](お盆に行われる法要)で、ライトアップされた東大寺の大仏をみたんです。 威圧的で、怖くて、悪夢にうなされる感じがありました。 この怖さは何だろう…が、『奈良』の小説を書くきっかけでした。」

物語は現代の「ナラ」で始まる。 2歳の森生[もりお]を残して死んだ母親が、10年後、奈良で暮らす12歳の少年・森生の前に、ハトに転生して現れる。

森生は、<今は、ナラのふつうの人たちが大昔の、シカを人間よりも大切にしたえらい人たちにそっくりになっている。 /あの大仏! あれを倒せばいいんだ。 /ぼくはあれがずっとこわくて、いやでしかたなかった。>と、ハトに刺激されたイマジネーションを駆って、「ナラの大仏」を破壊する。 大仏が壊れると、権力者により作られてきた正史と違う日本の裏面史、庶民の物語が、すっくと立ち上がってくるのである。

「説話や説教節にみられる正史にないところが、面白くて、書きたかった。 『女人結界』を設けて女の入山を禁ずるなど、男たちが作った正史と寄り添って仏教があったのなら、政治や宗教の正史からはじかれたことを説話や説教節から読めるのではと予想したんですね。」

『萬葉集』『今昔物語』『日本霊異記』、稲葉伸道『中世寺院の権力構造』—。 巻末に、取材した引用・参考文献をあげている。

「以前ある絵巻をみたら、平安貴族の住まいの外側になんと竪穴式住居が描かれていたんです。 ああそうか、と目からウロコが落ちました。 貴族が、『源氏物語』などを読んでしゃなりしゃなりと暮らしていた時代、少し外には深い森が広がり、自然と繋がって生きる人たちがいた。 人工的な生活を送る貴族には、自然とそこに生きる人々の反抗が恐怖で、宗教的な権威を作って抑えたのではないか。」

村に災いを起こすと疎まれ、娘が夜泣きする赤ん坊を殺す「タカマド山」。 最下層出身の少年アイミツ丸が、権力者ジンソンの稚児になり、ほんろうされる「カササギ」。 説話、説教節に取材し、津島さんが物語ると、大仏=慈悲、癒しなどの単純な図式が崩れ、さまざまな視野を読者に提供する現代文学になる。

 
歴史をいろいろな角度から眺める視点を
 
   昭和22年、東京生まれ。 父(津島修治)は作家、太宰治である。 1歳のときに父を亡くす。 「自分自身にまつわりついていた秘密を誰のものでもないものにしてしまおう。」が、小説を書き始める動機のひとつだったという。

草の臥所』(昭和52年、品切・重版未定)で泉鏡花文学賞、『寵児』(昭和53年)で女流文学賞、『火の山−山猿記 ()』(平成10年、品切・重版未定)で谷崎潤一郎賞と野間文芸賞など受賞多数。 海外の作家と積極的に交流し、1991年10月から1年間、パリ大学で日本の近代文学について教えた。 独特の視座で世界をみ、小説を書く。

「大仏をみて、『慈悲の心に包まれるようで、心休まりました。』といえたら普通になれるのかもしれないが、自分はごまかせない。 私は、現代人の奢りがいやなんです。 時代とともに人が進化して、よくなってきたと思うのは単純で、いつの時代も迷信や幻想に凝り固まって人が生きている感じがする。 女を入れるとバチがあたると『女人結界』を作るなど、権力側の迷信で封じ込められた真実は多いだろうし、特に今は、物事を相対化して眺める視点を持つことが重要だと思います。 熊野古道=世界遺産などと単純に思い込まず、歴史をいろいろな角度から眺める視点を持たないと、本当のことはわからないと思います。」

今、小説を書くのは、「好奇心」からという。

「イモほりみたいな作業です。 この場所にイモがありそうだと、まず直感が働く。 書いて探してみたい好奇心が真っ先にあって、とりあえず土を掘ってみる。 すると、何か磁石じゃないけれど、イモづる式にいろいろと関連事項が引き寄せられてくる。 それを次々に書いていく。」

日本に厳然と存在する古都を書くきっかけは、大仏をみて「恐怖」したごく自然な感触から。 優れた小説家は、どこか自然と繋がっているような感じがある。 <えらい人たち>による正史と違う物語を紡ぐ想像力を、自然から受けている。 説話を残した人々と同じ力、なのだろうか。


 『ナラ・レポ−ト』 津島佑子 著
 文藝春秋刊
 1,995円(5%税込)
(C)




  有鄰らいぶらりい
 



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井波律子 著
故事成句でたどる楽しい中国史(岩波ジュニア新書) 岩波書店 819円(5%税込)
 
  年少者を対象にしたジュニア新書だが、ベストセラーに入りつづけたところから見て故事や成句を引用することの好きな大人にも受けていたことがうかがえる。

しかし、昔の少年向け講談本のように、誇大な話を、おもしろおかしく読ませる本ではない。 コンパクトながら、太古の神話・伝説の時代から清朝の滅亡に至るまでをつづる、ちゃんとした中国通史である。

われわれ日本人が日常使う、つまり人口に膾炙[かいしゃ]している、中国の故事にもとづく成句を、この本から拾っていくと応接に暇がない。 だいたい「人口に膾炙」は、なます(膾)とあぶり肉(炙)が万人に好まれるように、広く世人に好まれ知れ渡ることを言った「孟子」の言葉らしい。

また、「応接に暇がない」は書聖として知られる王義之[おうぎし]の息子で、やはり書の名手だった王献之[おうけんし]が山中を歩いていて、自然の美しい景観が次々と現れ、ゆっくり見ている暇がない、と言った言葉が典拠という。

ほかに「五十歩、百歩」「鳴かず飛ばず」「屍に鞭うつ」「紅一点」「破竹の勢い」「怨み骨髄」「白眼視」などなど。 いかに多くの日本語が中国の故事に拠っているか、あらためて気づかされる。

 
宮城谷昌光 著
『三国志』
123 文藝春秋 各1,700円(5%税込)
 
  「三国志」の時代は西暦でいえば220年に始まるが、本書ではその前の「後漢王朝」時代の乱世を描く。周知のように「三国志」には、羅漢中の書いた『三国志演義』と正史の『三国志』とがあり、わが国でも、かつて吉川英治が書いたのは『——演義』で、これは魏・呉・蜀を股にかけての波瀾万丈の歴史小説であるが、虚実とりまぜて展開しているので、史実という点からは遠い。 それに対し、この宮城谷昌光の『三国志』は正史をひもといて書かれているので安心してのめり込める。

「後漢時代」から書き起こしているのは、「三国志」の時代がこの時代を描かなければ説明のしようがないためであろう。 宦官たちの跳梁ばっこ、政権内の腐敗堕落、地方軍閥の猛威、そのあげく各地に広まった黄巾[こうきん]の乱、かくて董卓[とうたく](賊軍討伐の将)、曹操[そうそう](賊軍討伐の援将だが、後に董卓を討つ)、劉備[りゅうび](関羽、張飛を従えて賊と戦う)などが活躍する中、「後漢王朝」は十四代で終わり、三国の時代に入るのだ。

作者は、例によって、故事来歴に名解釈を披瀝[ひれき]しながら物語を展開していく。 ちなみに導入部は、「天知る、地知る、我知る、汝知る。」で有名な「四知」のエピソードが劇的に。

 
寺内大吉・永井路子 著
史脈瑞應 [しみゃくずいおう] 大正大学出版会 1,995円(5%税込)
 
 
寺内大吉・永井路子 著 『史脈瑞應』
史脈瑞應
−大正大学出版会刊−
 
寺内大吉と永井路子。 それぞれの文学の成立の過程と背景を明らかにしたエッセーと両氏の対談で構成されている。 歴史小説家としてのほかに、この二人にどのような共通項があるのかいぶかしく思われる向きもあるだろうが、じつは、この両氏、文学的出発点において、かの有名な同人誌「近代説話」の仲間だった。

というわけで、当時の回想には思わず膝を乗り出すほどのエピソードが多いが、とりわけ寺内氏の「司馬君」にかかわる話は特ダネオンパレード。

「近代説話」は寺内氏と新聞記者時代の司馬遼太郎が創刊したもので、入会資格は、当時盛んだった懸賞小説合格者とすることに決めたが、肝心の「司馬君」にケチがついた。 今では司馬の傑作とされる『ペルシャの幻術師』が講談倶楽部賞の予選で落ちてしまったのだ。 寺内が編集部にどなり込んで、めでたく一位入賞に逆転したという。

しかし本書の真骨頂は、仏教文学に対する両氏の学殖の深さ、視野の広さにある。 弘法大師や鑑真和尚などの日本語開発に尽力した功績や、火葬の習慣が奈良仏教の影響でおこなわれるようになったことなど、今日の日本人の日常的習慣が仏教によって生まれたいきさつが、両氏の作品に触れながら語られているのがたまらない魅力である。

 
村上春樹 著
アフターダーク 講談社 1,470円(5%税込)
 
  ある日の深夜から翌朝にかけての、都会に住む孤独な男女数人の、それぞれの生態を超然的な第三者の視点でとらえた書き下ろし長編。

深夜、ファミリーレストランで、若い女の子がコーヒーを飲んでいる。 名はマリ。 そこへトロンボーンを抱えた若者がやってくる。 名はタカハシ。 バンドの稽古のためにビルの地下室にやってきた学生で、マリとは面識がある。

タカハシが去った後、ラブホテルの支配人カオルがマリを訪ねてくる。 そのホテルで売春婦を連れ込んだ男が、女が突然生理になったのを怒って身ぐるみ剥いで持ち逃げするという事件が起きた。 女は中国人で日本語が通じない。 マリは中国語を専攻している学生。 そのことをタカハシから聞いていたので協力を求めにやてきたのだ。 女が忘れていった携帯から、少しずつ犯人像が浮かび上がる。

マリの姉のエリは、少女時代から雑誌のモデルをやっていたほどの美女だが、今は、原因不明で終日眠り込んでいる。

カオルには暗い影があり、そのホテルの従業員の女も、過去から逃げている存在。 売春婦に暴行した男は、深夜もオフィスで働くエキスパートのサラリーマン。 そして、タカハシにも癒しがたいトラウマが……。 それぞれの個別のストーリーで夜が明ける。
 
(K・F)

(敬称略)


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