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有鄰

平成17年2月10日  第447号  P3

○座談会 P1   京浜地域の近代化遺産 (1) (2) (3)
堀勇良/清水慶一/鈴木淳
○特集 P4   幕末の冒険写真家たち  斎藤多喜夫
○人と作品 P5   白岩玄と「野ブタ。をプロデュース」



座談会


京浜地域の近代化遺産 (3)

 

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  ◇企業博物館—東芝科学館・電気の史料館など
 
編集部  

京浜地域には企業博物館がたくさんありますね。
 

清水  

たとえば川崎区などは今まで、埋立地の工場地帯で、何もないというふうに一般的には思われていたわけです。 海岸のほうに行くとだだっ広い工場があって、なおかつ工場が移転するから空き地がたくさんあって、余計殺風景になっている。 ところが、あそこに昔からある味の素などが資料館を持っているんです。

鈴木商店味の素工場  
鈴木商店味の素工場
木村幸敏氏蔵

 

川崎市幸区にある「東芝科学館」は、東芝の会社創業85周年を記念して昭和36年に開設されたもので、企業博物館の草分けです。 デジタルの最新技術や環境コーナーのほかに史料室があり、東芝がつくった電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気釜やワープロなどの国産第1号機などが展示してあるので、身近な電化製品の技術のあゆみをたどることができます。

味の素は、東芝の前身である東京電気や、日本コロンビアの前身の日本蓄音機商会などに続いて京浜に進出した企業です。 大正3年に、六郷川畔に工場を設立します。
 

編集部   日本鋼管(現・JFEホールディングス)も川崎区ですね。
 
清水  

日本鋼管は、大正2年に京浜の埋立地に工場を建設し、翌3年から創業を開始しました。 京浜工業地帯の重工業のさきがけです。

以前、敷地内にあったトーマス転炉は今は川崎市市民ミュージアムに移設されています。 イギリス人が発明した、鉄鉱石を溶かして鉄鋼を生産するための溶鉱炉で、昭和12年に導入されて、日本の鉄鋼生産を飛躍的に成長させました。
 

 

現在は閉鎖されていますが、日本鋼管には「パイプのミニ博物館」というユニークな企業博物館がありましたね。
 

  トーマス転炉
  トーマス転炉 昭和60年
現在は川崎市市民ミュージアムに移設

清水  

横須賀にある日本ビクター横須賀工場にはVHS記念館があり、日本最初のVHS、標準機になったものが展示されてます。 時代ごとの製品がずらっと置いてある。

  電気の史料館展示室
  電気の史料館展示室 (横浜市鶴見区)
電気の史料館提供

あまり宣伝はしていないんですが、横浜市鶴見区にある「電気の史料館」はすごいです。 まずエントランスに、明治期から使われた皇居正門の石橋にあった電飾灯が展示してある。 それから時代を追ってエジソン式直流発電機、明治期に日光金谷ホテルで使われていた自家発電設備、送電のための鉄塔、大正期の水力の発電機、戦後の火力発電所のタービン発電機などの大きな実物が展示してある。 迫力ありますよ。 それと電気関係の書籍や映像資料も閲覧できる図書コーナーもある。

ここで日本の電気事業の歴史がたどれる。 企業博物館としては超一流ですね。 ちょっと駅から離れていてアクセスは悪いんですが、ここはお勧めです。
 

編集部   日産のエンジン博物館の建物は昭和9年にできたものですね。
 
  平成14年に、横浜市の歴史的建造物に認定されました。 日産は昭和8年に、自動車製造会社として現在の横浜工場の地で創業してます。 エンジン博物館がある横浜工場ゲストホールの建物は、当初は本社の事務棟として利用されていたようです。 いわば発祥の地に、歴代のエンジンや工場の歴史を紹介した博物館がつくられたわけです。 開設は平成15年で、できたばかりの企業博物館です。
 

   「これこれ感」で生活の変化をふり返る
 
清水  

私の世代を含めて、高度経済成長期を体験している人たちはみんな、生活の変化とともに次々に家電を買いかえていくというようなサーキュレーションで来た人たちなので、一回じっくり振り返っていただくといい。

鈴木先生がおっしゃったように、技術と社会と文化は三位一体で、相互に関連するんですね。 こういう言い方は余り学問的ではないんですが、「これこれ感」というか、そこにあるものに対して「これ昔、使った」とか「これ家にあった」というのがあるんです。

現代社会というのは、工業製品に囲まれ、その中で生活しているようなところがありますから、我々の文化にはどうしてもそういうものが絡むんです。 「あのとき携帯電話を使った」とか、「あのとき薄型のテレビが出てきたので無理して買ったんだ」、「あの頃こういう車が出たな」ということで、実態としての生き方を確認しながら見ていくのは非常におもしろいと思います。 たとえばここ20年、自分がどんなことをやってきたかというのが非常によくわかる。
 


  ◇産業技術史資料情報センターが拠点に
 
編集部  

今後、近代化遺産はどのように保存されていくんでしょうか。
 

 

機械類とか土木遺産は、その場所にあってこその価値というのがありますね。 それに対して、ポータブルな電化製品のようなものの保存、展示の方法は性格が違ってくる。 産業遺産と生活遺産の違いかもしれませんが、それはかなり大きいですね。 ですから、モノを残していく、伝えていくやり方も全然違うと思うんです。

企業博物館にはそれなりの役割があるし、国立科学博物館産業技術史資料情報センターのような形もある。
 

清水  

産業技術史資料情報センターでは、基本的に、まず関連する工業会や、学術団体、行政などと連携して、全国に残っている産業技術の歴史資料の所在を把握して、さらにいろいろな分野の技術を系統化したり、産業技術博物館のネットワークをつくったりしながら、産業技術についての情報拠点となることを目指しています。

一般向けには、たとえば電気洗濯機というキーワードでひけば、東芝もあれば、日立もシャープもあると、それぞれに独立している企業博物館が、全国的なスケールでわかるようなシステムを、今つくろうとしているところです。
 


   生活遺産の保存を担う企業博物館
 
清水  

家電などは、新しい型が登場すると古い型はすぐに消えていきますから、すべてを残すということは難しいけれど、将来を考えると、VHSのビデオ機器をはじめ、ウォークマンや電子ジャー、ファミコンなどは100年経ったら生活遺産として大変なものになると思うんです。 やはり企業博物館の役割は大きいでしょうね。

日産自動車横浜工場ゲストホール  
日産自動車横浜工場ゲストホール
建物内にエンジン博物館がある
(横浜市神奈川区) 日産自動車提供

 

日産のエンジン博物館は、昭和8年創業当時の本社建物の中につくられていますが、可能であれば、このように、その企業にとって由緒ある建物を活用して収納、保存するのが一番無理がない。 そこで作られてほうぼうに散らばった製品をまた集めて、その場で見る。 京浜地域はそういうことがまだ可能なところです。 これからも企業博物館はふえていく可能性があると思います。

横浜の散策マップの中に、そういうものが入るといいですね。 今、川崎市では、市内の産業遺産をホームページで公開しています。 分野別、地区別に検索でき、おすすめ散策コースも紹介しています。 そういうところを見歩くツアーみたいなものもやり始めているんです。 小学生をバスに乗せて、いくつかの工場の資料館を巡ったり、OBに説明してもらうんです。
 


   今後の課題は残らなかったものを補う方法
 
 

近代化遺産に関する本などを読んで、頭の中で整理ができたら、次にはぜひ遺産と言われている場所やモノを実際に見て、実物と読んだものの両方を頭の中でうまく認識できるような、そういう楽しみ方ができてくるといいと思うんです。 モノとして見えているのは断片でしかないから、それをつなぐようなことがやっぱり必要なんですね。
 

鈴木  

一つ気になるのは、モノは大事だし、遺産は私も好きなんですが、たとえば長崎に行くと、かつての居留地の遺構として残っている建物がみんな石造だったり、煉瓦づくりの建物なんです。 でも、明治時代の居留地の資料を見ると半分以上は木造だった。 それがどんどんなくなり、煉瓦づくりや石づくりのしっかりしたものだけが残った。 すると、非常に立派な居留地がそこにあったような感じがしてしまう。 そういうモノの残り方に逆に騙されてしまう面がある。

私が初めて横浜に来たのは小学生時代、昭和40年代ですが、そのころは、山下公園から海を見ると、はしけがかなり浮かんでいた。 今は完全にはしけはなくなって、当時の陸揚げの様子はわかりませんね。 かといって、はしけを保存しておくかというと、それはなかなか大変ですね。 やはり残せるものと残せないものがある。 残せるものを見ながら、その周りにあった残せなかったものも、たとえば写真とか、映像とか、そういうもので補って世界を想像できるような何かをつくり上げなくてはならない。

企業博物館にはそういう役割があるし、ぜひすべてが網羅できるようになるといいですね。 同時に、私みたいに明治時代の工場を研究している者としては、今はもうなくなってしまった工場のことも伝えてほしいんです。

建物も良いものだけが残っているように、企業も残っている会社の話しか語れなくなったら、偏った歴史になりかねません。 つぶれたときにこそなくなっていくものを、国で保存してもらいたい。 その辺は、清水先生のいらっしゃる産業技術史資料情報センターに頑張っていただきたいですね。
 

編集部  

どうもありがとうございました。
 





堀勇良(ほり たけよし)
1949年東京生まれ。
著書『日本の美術 No.447 外国人建築家の系譜』 至文堂 1,650円(5%税込) ほか。
 
清水慶一(しみず けいいち)
1950年大阪生まれ。
著書『ニッポン近代化遺産の旅』 朝日新聞社 2,730円(5%税込) ほか。
 
鈴木淳(すずき じゅん)

1962年東京生まれ。
著書『関東大震災』 ちくま新書 756円(5%税込)、『日本の近代 15 新技術の社会誌』 中央公論新社 2,520円(5%税込) ほか。


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