Web版 有鄰

  『有鄰』最新号 『有鄰』バックナンバーインデックス 『有鄰』のご紹介(有隣堂出版目録)


有鄰

平成17年2月10日  第447号  P5

○座談会 P1   京浜地域の近代化遺産 (1) (2) (3)
堀勇良/清水慶一/鈴木淳
○特集 P4   幕末の冒険写真家たち  斎藤多喜夫
○人と作品 P5   白岩玄と「野ブタ。をプロデュース」


 人と作品
白岩玄さん
ダサい転校生を人気者に仕立てていく学園小説

白岩玄と『野ブタ。をプロデュース
   
  白岩玄さん

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。


初めての小説で文藝賞を受賞
 
   21歳。 初めて書いた小説が文藝賞を受賞、さらに、芥川賞の候補になり、「男性最年少芥川賞」か? と話題になった。 昨年19歳で最年少受賞した綿矢りささんと同じ京都の出身。 同学年だ。

「平成13年に綿矢さんが文藝賞をとったときは、市内ですごく話題になり、インパクトがあったので、応募は文藝賞しか考えなかった。 昨年2月、専門学校に入る前に時間があき、自分を試すつもりで文章を書き始めた。 毎朝コツコツ書いてなんだか形になり、自分が1か月半かけたことを忘れてしまいたくて、もう帰ってきいへんやろうと思って出した。 まさか受賞して、帰ってくるとは……。」

小説を書いたことは、専門学校の合宿中、最終選考に残ったと連絡を受けて、思い出したという。

物語は、高校の人気者「修二」が、ダサい転校生を何かを秘めた男「野ブタ」として、人気者に仕立てていく学園小説である。

「『モー娘。 』みたく、何でもない人を何かあるようにみせると、人は案外そのキャラを信じてしまうことに興味がありました。 映像のイメージが出てきたら文章にし、ひらめきを繋いでいたら話になった。 興味が勝手に繋がった感じで、論理的に出てきたものは全くなかった。」

小説は、ほとんど読んでこなかった。 子供の頃に絵本や紙芝居をたくさん読んでもらい、佐野洋子『100万回生きたねこ』、宮沢賢治『注文の多い料理店』(新潮文庫/他)などが印象に残るという。 高校卒業後、約1年イギリスに留学、「伝えること」に興味を持ち、現在、専門学校で広告を学ぶ。

「自立できてなくて、大学に行けばこのままダメになると思い、とにかく外に出てみようと。 留学は大きな体験でした。 よくしゃべる方なので、言葉がしゃべれなくて、とてもしんどかった。 知識よりも気持ちをちゃんと伝えていくことが大事だと痛感。 小説も、ダサい表現でも自分の言葉で書くことが大事だと思う。 ふだん、こいつ本音じゃないな、誰かの言葉を借りてるなとわかることがある。 それはすごく気持ちが悪い。」
 

 
仮面を突然はがされた若者の七転び八起きの物語
 
   小説で、主人公で高校生の修二は、「仮面」をかぶって生活している。 「野ブタ」を人気者にし、人心を操って得意の絶頂だったが、後半、同級生が殴られているのをみてみぬふりをしたことを暴かれて評価が急落。 好悪がめまぐるしく変転する、10代のシビアな現実にぶち当たる。

「修二の調子がいい前半のままだったら、あほな小説になってしまう。 明るい部分も暗い部分も持っているのが人間で、どこか笑いと泣き、ちょこちょこ半分くらい書けたらいいなと思った。 笑わせるのも泣かせるのも、他人の気を押し上げることで、それを文章で作るのは、大変難しいことですね。 主人公は、僕とは全然違うタイプ。 キャラクター先行で書いて性格を持たせていくと、けっこう話が細かく動いて、主人公にアクが出て、できていった。」

何でもない人間をみせかけて、それで通用する。 つまり上っ面で生きることを、誰もがふつうに受け入れて暮らしている社会。 仮面を突然はがされた修二の七転び八起きの物語は、笑えて泣ける。 綿矢さんら若い作家がすでに登場しているとはいえ、21歳で社会の側面を描き出したことに驚かされる。

「小説は、人の日常の中で消化されてほしい。 一瞬の面白さで消費される広告と同じに、一瞬でも人を幸せにしたいという表現を文章でしてみたら、小説になったんだと思います。 自分で言うのも何ですが、まだ若いこの年齢で大人の人を楽しませるものはつくれないと思う。 これから一緒に生きていく自分よりも下の世代の人に読んで共感してもらって、コミュニケートできたら嬉しい。 もっと勉強してからこい—なんて言われたら、若い人間は全員がしゃべれない。 自分が何を考えて、相手にどういうか。 それを楽しむのがコミュニケーションで、書ける限り発信したい。 若くても、自分の言葉で本質的なことをしゃべっていくのは大事で、それをすることで、コミュニケーション不足のこの国を少しでもよくできないかと思っている。」

通勤時間に少し読み、瞬間を和らげて幸せにする栄養ドリンクのような小説を、構想する。 瞬間の栄養剤として共通する小説と広告を両方とも学び、発信していく。 初めて書いた小説は芥川賞候補になる前から話題を呼び、単行本はヒット中。 確実に伝わっているようである。


 『野ブタ。をプロデュース』 白岩玄 著
 河出書房新社 1,050円
(5%税込)

(C)




  有鄰らいぶらりい
 


書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。


角田光代 著
対岸の彼女』 文藝春秋 1,680円(5%税込)
 
  先ごろ決まった第132回直木賞の受賞作。 直木賞候補は2度目、それ以前に芥川賞候補3回、野間文芸新人賞や婦人公論文芸賞なども受賞したベテランである。

受賞作は、どちらも30代後半の主婦、小夜子と、彼女の就職先である小さな会社の独身女性社長、葵の2人を主人公に話が進む。 小夜子は子供が生まれて3年。 公園に集まる母親たちの微妙な派閥争いのしがらみを避けて公園を転々としていたある日、自分がブラウス1枚の値段が安いか高いか分からなくなっていることにショックを受け、再就職に踏み切る。

小夜子を採用した女社長、葵は同じ年で、大学も同じだった。 仕事を始めた小夜子と葵の少女時代が交互に描かれるという構成である。

いつも明るく屈託なさそうで小夜子が「サバサバした、感じのいい人」と見ている、いまの葵と、中学時代にイジメに会い、転居して女子高に入ってからも、仲間外れにならないよう常にオドオドしている少女時代の対照が鮮やかである。 女社会の友情や陰湿な対立の構図が、じっくりととらえられている。

選考委員会では「大きなドラマはないが、日常のリアリティを的確に描き、現代の女性の問題をとらえている。」(渡辺淳一)と評価された。
 

平山壽三郎 著
雲、西南に流る』 講談社 1,890円
(5%税込)
 
 
 
『雲、西南に流る』 講談社刊
 
雲、西南に流る
−講談社刊−
 

幕府の瓦解、新体制の確立という激動の幕末・明治初期に、フランス語を身に付けて新時代を生きた若い元幕臣の活躍を描く作品。 同じような混迷下にある現代の生き方に対し示唆に富む。

八丁堀同心の三男・源三郎は17歳で、慶応元年、開港場の横浜に開設された寄宿制の仏語伝習所に、二期生として難関を突破、入所した。 当時、幕府は陸軍強化のため、フランスから軍事顧問団を招き、仏式伝習隊を立ち上げていた。 仏語伝習所はその通訳を養成する目的だったのである。 隊員たちは草鞋、筒袖の服装から、革靴、フランス式軍服に替え、戦術も刀槍から銃砲主体に一変する訓練を受けた。 源三郎は卒後は軍服の腕に通訳官の腕章を巻いて、講義や命令を伝えた。

しかし、時代はまさに激動の時。 江戸城は開城となり、仏式伝習隊も解散、源三郎は仲間とともに横浜のフランス商館に通訳として勤め、そこの紹介で横須賀製鉄所の通訳となるが、やがて、その縁で箱館の戦場へと向かうのだ。 戦後一時、横浜外国人居留地で身を潜めねばならない時期もあるが、間もなく維新政府にも重用され、第三の運命が開けてくる。 背後には妻との愛別離苦の人生も織り込まれる。 文明開化期の横浜の描写が鮮やか。
 

北森鴻 著
瑠璃の契り 文藝春秋 1,550円(5%税込)
 
 

魑魅もうりょうが跋扈するといわれる骨董・古美術の世界を題材にしたミステリー・シリーズで、4編の連作。 主人公は旗師・冬狐堂[とうこどう]の女性宇佐見陶子。 旗師とは店舗を構えずにブツを扱う古美術商のことをいうとのことだ。 陶子は美大で洋画を専攻したが、画業に挫折し、古美術商になった。

編中「黒髪のクピド」が最も長いだけに、奥行も深く、変化に富んでいる。 陶子は川崎市で開かれた競り市で、かつての恩師で、今もその慧眼に親炙している英国人のプロフェッサーDの依頼により、一体の人形を落札した。 陶子は短期間だがDの妻だった時期もある。 そのDが突如、行方不明となる。 原因は陶子が手渡した人形の謎にありそうだ。

人形は黒髪のクピド(キューピッド)で、明治時代の人形師・辻本伊作の磁器焼き作品とわかるが、不思議なことに、その瞳孔は開いており、辻本伊作もこれを最後に制作を断っていた。 陶子はクピドの謎に迫りながら、Dの行方を追う……。

表題作の「瑠璃の契り」は旅先の居酒屋で見つけた灰皿代わりの切り子碗に注目した陶子が、その謎を追求する話柄。 他の2編も古美術界の深奥をさぐりながら展開。 文章も今どき珍しく端正である。
 

五木寛之 著
養生の実技 角川書店 (角川oneテ−マ21) 720円(5%税込)
 
 

人気作家の著者はデビュー当時から、髪は年に2回、盆暮れに洗う程度ということで有名だった。 今では2か月に一度くらいは洗うそうだ。 それでもフケも出ないし、かゆくもならないそうだ。 本書はそんな著者自身の健康法、というより養生訓だ。 医学的根拠はいざ知らず、ともかく体験から出た養生訓だけに説得力がある。

その基本にある思考は、剛直に生きるのではなく、屈して曲がって生きるということだ。 かつて金沢に住んだ著者は、その例として、兼六園の冬の雪吊りを例にあげる。 強い枝は雪吊りをしないと、雪の重みで折れるが、弱い枝は平気だという。 このように、生きている限り、心にも体にも負荷がかかる。 だから、しなうこと、屈すること、萎えることで、苦難を切り抜けるのが肝心という考えだ。

今日の健康法ブームと逆行する思考も多い。 たとえば病気の早期発見・早期治療に反対だ。 著者は72歳になる今日まで、健康診断など受けたことがないという。 病は末期に発見されることこそ望ましいというのだ。

奇をてらっているように聞こえるかもしれないが、その根底には仏教の思想がある。 具体的養生法として挙げている100カ条は傾聴に値しよう。
 

(K・F)

(敬称略)


  『有鄰』 郵送購読のおすすめ

1年分の購読料は500円(8%税込)です。 有隣堂各店のサービスコーナーでお申込みいただくか、または切手で
〒244-8585 横浜市戸塚区品濃町881-16 有隣堂出版部までお送りください。 住所・氏名にはふりがなを記入して下さい。






ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.