宇佐美まこと
今を生きる女性が、戦前の女遍路の旅の記録にのめり込む。四国遍路を題材にしたスリリングな長編小説だ。
「四国に住まう者として、お遍路は一度取り上げたいと考えていたテーマでした。私には身近な存在で、子供の頃、身内が営む大きな遍路宿に遊びに行ってはお遍路さんを見ていました。個々の背負う具体的な背景は分からないけれど、この世から切り離されているような特殊な印象が残っています。白装束は死に装束で、生と死の狭間の雰囲気が、子供にも伝わっていたのだと思います」
物語の主人公、竹内鞠子は42歳。都内で旅行代理店を共同経営し、11歳年下の恋人がいる。〈自分は女でいたい〉と思う鞠子は”深入り”を避けながら、恋人、紘太との恋愛を楽しんでいた。
「四国遍路を書きたいと提案した時、『いきぢごく』のタイトルだけがなんとなく浮かびました。まずタイトルありきで、そこに込めたのは女性の生きざまと業、強さです。42歳という人生の分岐点に立つ女性に着目し、四国遍路の下調べをして、構想を広げていきました」
鞠子の両親は教師で、母は鞠子が9歳の時に亡くなった。再婚しなかった父は4年前に急逝し、鞠子と8歳上の姉の亜弥が、大伯父の遺した松山市の古民家を相続した。かつて「金亀屋」という遍路宿だった古民家を仕事で訪ねた鞠子は、古びた遍路日記を見つける。時代も境遇もかけ離れた女遍路の日記に、なぜか引き寄せられていく。
「戦前と今と、女性の生き方もお遍路の性格も変わりましたが、人の本質的なところは変わらないと思います。四国遍路は、お大師さまの霊験で救われるわずかな希望を抱いて歩くなど、深いんですよね。充実しているようで鞠子にも悩みや迷いがある。昔と今を対比させ、最後にシンクロする形を構想しました」
戦前の女遍路の凄絶な人生。鞠子の運命も思わぬ事態へ展開していき、先が知りたくて小説に引き込まれる。
「発心、修行、菩提、涅槃と八十八ヵ所を巡るお遍路は、人生の普遍的なありようだと思います。四国には遍路に来た方々をもてなす『お接待』という習俗があって、四国人の優しさによって人が安心して生きて死ねた。死ぬまで生きていける場所として存在する独特さを、四国に住む者の目から書こうと思いました。小さな光があれば、それを支えに生きていけるということも書きたかった。余韻や残響があるように、これから先はどうなるんだろうと読者が想像する余地を残して終わりたくて、いつも最後の1行を大事にしています。辛い、苦しい思いも書いて、それでも再生できるということを、物語で提示していきたい」
1957年、愛媛県生まれ。2006年、「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞。同作品を含む短編集『るんびにの子供』で作家デビュー。2017年、『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞を受賞。他の作品に『入らずの森』『骨を弔う』『少女たちは夜歩く』などがある。
「子供の頃から、怪談やルパン、ホームズのシリーズなど、たくさん本を読みました。自分なりの空想を活字から作り出せる本が好きで、今も心の中に遊び場を持っている感覚です。説明しすぎず、読者の想像で余白を埋めてもらう書き方は、子供の頃からの読書で培ったと思います。中学、高校時代はブラッドベリに感化されました。大人になってトマス・H・クックを読んだ時は、記憶を掘り下げた先の驚きと悲しさに心が震えました。ラストまで読んで心震えるような、幸福な読書体験をしてもらえたらと思って、私も今書いています」
ずっと一読者だったが、子供が中学生になりパソコンを買ったのがきっかけで、文章を書くようになった。怪談専門の文学賞ができたと知って応募し、デビュー。秋に光文社から刊行される長編は、児童虐待がテーマだ。
「日常で本やニュースに触れては、私ならこう書く、こうすれば救えたんじゃないかと思います。いろんな可能性を考えるのは、空想する力ですよね。私の空想の源泉は読書で、やがて自分の読みたいものを書くようになりました。人間は個性もバラエティも豊かですし、社会問題も気になります。小説にできることは、まだたくさんあると思う。人間を書きたいし読みたいので、いろいろ挑戦していきたいですね」
(青木千恵)