Web版 有鄰

563令和元年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

もののふの国』 天野純希:著/中央公論新社:刊/1,800円+税

『もののふの国』・表紙

『もののふの国』
中央公論新社:刊

都での出世に見切りをつけて故郷に戻った平将門は、坂東諸国に武名をとどろかす。国府軍も撃破して岐路に立つ将門に、〈この国はいずれ、もののふが治めることとなるようです〉と巫女の桔梗が告げた。都から流れてきた桔梗は右目の瞳が青く、左右の耳の大きさが違う不思議な容姿をしていた。〈殿は遠からず、坂東の王になられます〉と言うのだが(「源平の巻 一 黎明の大地」)

源氏の将軍が三代で絶えた後、北条一門が実権を握って武士の支配が続いた。時が経ち、鎌倉幕府打倒を掲げて後醍醐天皇が挙兵。北条家に仕えていた足利高氏(後の尊氏)も政争に巻き込まれて我が子を失い、挙兵する。幕府は滅びたが混乱は続き、失望を深める楠木正成に近づく佐々木導誉は、瞳の色がなぜか左と右で違っていた(「南北朝の巻 四 中興の秋」)

源平、南北朝、戦国、幕末維新。武士が国を支配した長きにわたる盛衰を、独特の史眼を駆使し、叙事詩として描いた歴史エンターテインメント。8組9名の作家が、共通ルールを設けて原始から未来までの物語を競作する「螺旋プロジェクト」の1冊で、本書は中世・近世を担当している。平将門、織田信長、西郷隆盛ら有名人が続々登場し、「もののふ」とは何か、数奇な連なりを俯瞰する。

目撃』 西村 健:著/講談社:刊/1,800円+税

女子大生の家にストーカーが押し入って立てこもる事件の後、資産家の家で夫人が殺害される強盗殺人事件が発生。静かな住宅街で凶悪犯罪が相次ぎ、住民に不安が広がる中、電気メーターの検針員として働く戸田奈津実は、誰かに監視されている気配を感じるようになっていた。

奈津実は離婚調停中で、3歳の娘と実家に戻り、検針員の仕事を始めた。殺人が起きた資産家の家は奈津実の担当エリアにあり、事件に関する何かを目撃してしまったらしい。警察に相談に行った奈津実は、刑事の穂積亮右と出会う。警察内で”見立て屋”と呼ばれるベテランだ。

一方、諏訪部武貞は、悦びを得るため、”ゲーム”感覚で空き巣を繰り返している男だった。その日も万全を期して高い塀の一軒家に忍び込んだのだが、夫人が家に帰って来てしまった。パーフェクトゲームを台無しにする奴は、誰であろうと息の根を止めると、諏訪部は決めている。そして、奈津実のもとに脅迫文が届く――。

幼い娘を抱えて未来を模索する女性と、独自の捜査法を得意とする一匹オオカミ刑事が、凶悪犯罪と対峙する。ストーカーや家庭内暴力、女性の自立など、現代のさまざまな事象を盛り込んで実力派作家が描きあげた、会心の長編ミステリー。

彼女たちの場合は』 江國香織:著/集英社:刊/1,800円+税

窓の外は、ニューヨークのソーホー地区。明日出発するために、おしゃれなホテルに一泊した礼那と逸佳はいとこ同士だ。礼那は14歳で、逸佳は17歳。幼い頃から仲がよく、礼那が一家で渡米して距離が遠のいたが、この夏から逸佳がアメリカの学校に通うことになり、ニューヨーク郊外の礼那の家に住んでいた。その家を、こっそりと出たのである。〈私たちアメリカを見なきゃ〉という逸佳の発案で、2人きりのアメリカ旅行に踏み切った。

ニューヨークを出て長距離バスに乗り、ボストンに降り立つ。白人の若者3人組と出会ってクジラを見に行き、アムトラックでポートランドへ。ヒッチハイクもして、メイン州キタリーを経てニューハンプシャー州マンチェスターへ。小学生の時からアメリカに住み、「本の虫」と呼ばれた礼那だったが、どの街も未知の場所だ。さまざまな人と出会って旅を続ける中、娘を引き留めようとする親によってクレジットカードを止められてしまう……。

不登校になって日本の高校を中退した逸佳は、アメリカに来ても進路が分からずにいた。そして2人が旅した先には?人気作家の2年ぶりの長編小説。鮮やかな文章を読みながら少女たちが目にした風景と人々に出会える、青春ロードノベル。

黒澤明の羅生門
ポール・アンドラ:著 北村匡平:訳/新潮社:刊/2,500円+税

1950年に日本で公開され、翌51年にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した映画『羅生門』は、謎めいた作品だ。森で起きた事件について複数の人間が証言するものの、エゴで言い分が食い違い、何が真実か分からなくなる。芥川龍之介の小説を原作にしたこの映画は、映画監督・黒澤明(1910-1998)の名を世界に知らしめ、黒澤のキャリアで大きな転換点となった。

本書は、日本文学や映画を専攻し、現在はコロンビア大学教授を務める著者が、黒澤作品の中で『羅生門』に注目し、作品に秘められたメッセージや、黒澤明に影響を与えた光景と実体験を解き明かす優れた評論である。

東京で生まれ、当初は画家を志した黒澤明は、『羅生門』を撮るまでに街の壊滅や肉親の死を経験している。故郷の街は関東大震災と戦災で壊滅し、4つ上の兄、黒澤丙午は非業の死を遂げた。8人兄弟の末子でいじめられっ子だった明と違い、丙午は勝ち気で才気に溢れ、映画に関心を持って映画界入りしたのは兄の方が先だった。兄の非業の死は、弟の映画にどのような影響を与えたのか。

映画ファンでなくても楽しめる、ミステリアスな評論である。名匠チャン・イーモウが序文を寄せている。黒澤作品を観直したくなる。

(C・A)

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