Web版 有鄰

565令和元年11月10日発行

寺地はるなと『わたしの良い子』 – 人と作品

妹の子どもと暮らす日々。子育ての悩みや目にする光景を鮮やかに描く長編

寺地はるな
寺地はるな

甥との暮らし 子育てに一喜一憂させられる毎日

妹が出奔し、甥と暮らすことになった小山椿。子どもと過ごす日々をあざやかに描いた長編小説である。

「良い子と気軽に言われているけれど、具体的にはどんな場合に良い子と言っているのだろう。集団のルールから外れるのがいちばん怒られるパターンで、私は周囲と同じタイミングでできない子だったので、自分は良い子ではないんだなと思いながら大人になりました。大人が言う良い子ってなんだろうと疑問に思ったのが、この小説を書いたきっかけでした」

シングルマザーの鈴菜が、2歳の息子、朔を置いて出奔した。当面の間、姉の椿が朔を預かることになる。

「良い子とはこういう子どもと結論づけず、小説を読んで考えたことを、むしろ読者が私に教えてくれたらいいなと思って書きました。身に引きつけて読んでもらいたかったので、母と子の話にせず子どもを預かる設定にしました。預かる人が男性か女性かでも迷い、男性がひとりで子育てをする、という話だとそれだけで美談みたいになりがちなので、妹の子どもを姉が育てることにしました」

鈴菜は沖縄に行ったきり帰ってこず、朔は小学生になる。椿には遠距離恋愛中の恋人がいるが、朔の子育てで一喜一憂させられる毎日だ。

「私は子どもが4歳の時に作家デビューをして、小学生になったら手が離れますよと言われましたが、実際には、自分でいろいろできるようになってからがまた大変だなという実感がありました。それで入学前から始め、1年生の1年間は盛り込もうと考えました。身近に子どもがいて、日々いろんな言動を見せてくれます。何年か経てば過ぎ去ってしまうものでもあって、今しか書けない小説と思いながら書いていましたね」

入学式を終え、授業参観日を迎える。周りと比べて、朔の勉強が進んでいないことに椿は気づく。ある日、椿は苛立ってしまう。〈どうして、ちゃんとできないの? 他の子みたいに〉。悲喜こもごもの日常の中で、椿がふいに目にした光景は――。

「なんとなく頭に浮かんだ人がいて、その人を想像しながら書くうちに小説の展開が変わっていきます。書いているときは頭と目を主人公に貸している状態で、目の前の風景を主人公も見ていて、主人公ならこう思うだろうと分かっていきながら進めます。いつもは最後の場面だけ見えているのですが、今回は書いている瞬間にラストの場面がやっと見えた感じでした。劇的なものでなくても、朔が本人の力で少し成長したところを書きたいとは思っていました。よくある、大人を驚かせるような素晴らしい台詞を子どもが言うのは避けたかった。健気ないいことをなるべく言わせないように、そこは頑張りました(笑)」

日常の小さな疑問 心の動きを詳しく描けるのが小説

1977年、佐賀県生まれ。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。『月のぶどう』『今日のハチミツ、あしたの私』『夜が暗いとはかぎらない』などがある。

「いろんな本を読んで、子どもの頃は『オズの魔法使い』や『ナルニア国ものがたり』が好きでした。会話が分からなければ前のページに戻って文脈をたどれるし、自分のペースで好きなものを読める本の自由さが私に合っていたと思います。分からないということが分かるのと同じくらい好きで、小説を読むと分からないことをたくさんもらえるんですよね。自分と違う思考をする人の内面など、分からないものにたくさん触れたかった。映像ならほんの数秒でも、心の中では凄いことが起きていて、心の動きをいちばん詳しく描けるのが小説なのかなと思います」

結婚後大阪に越し、文芸誌の公募を目にして35歳の夏、小説を書き始めた。

「遊びに行った先でどうして私はここにいるんだろうと思ったり、それまでは何をしてもあまり楽しくなかったんですよね。それが、小説を書いているときだけは楽しかったんです。デビュー後は試行錯誤の毎日で、何か違和感を覚えたら、それを読み物にするにはどうすればいいかを考えます。日常の小さな疑問から始まるので、『最近、何か思ったことありますか?』と聞かれるようになっています(笑)。社会が変わるのにつれて、私が見るものも変わっていきますし、いろいろ書きたいですね。今回の小説は一人称で書き直した途端、一気に進みました。一人称の話だったと思った瞬間でした」

(青木千恵)

『わたしの良い子』・表紙

わたしの良い子
寺地はるな/中央公論新社/1,600円+税

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