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森 絵都
料理は食べきる、結婚指輪はしない、コハダは塩で。日常で顔を出すこだわり、「小さな抵抗」をテーマにした掌編小説集である。
「webちくまで短編を連載するにあたり、これなら連載を続けられるというテーマを決めるのに時間がかかりました。あれこれ思案して、小さなことに抵抗する、独自のこだわりを持っている人たちの姿を書いていったら面白いかなと考えました」
「piece of resistance」と題し、2016年4月から19年3月までウェブで連載した作品を再構成。書き下ろしを加え、38編の小さな抵抗の物語が連なる本になった。1編目「2LDKの攻防」は、掃除をめぐる攻防だ。妻は夫の書斎だけ掃除をしない。
「同じ出来事があったわけではないですが、1編目はほぼ我が家の話で、身近なところから始めました。連載にあたり私自身のこだわりをまず挙げてみたら、“夫の部屋は掃除しない”というのがありました。夫は大人なので（笑）、自分の部屋ぐらい自分で掃除機をかければいいということですね。小さいこだわりなんですけれども」
ビターだったり、くすっと笑ったり、ラスト1行の巧さに唸ったり。短編の名手による掌編は味わいたっぷりだ。コンサートの終盤で早めに帰るカップルの話「東京ドームの片隅で」には、手紙が使われている。
「400字詰め原稿用紙でほぼ5枚の掌編を、どれも同じように書いたら単調になるので、構成を工夫し、小説のいろんな手法を試みました。公演などで終わりがけに帰り始める人を見ると、気になってしまう。同じように感じている人がいるかもしれないと想像して書きました。それぞれに大事にしていることがあり一人ひとり違うわけですが、そこに一種の断絶のようなものがありますよね」
効率性、ブラック企業、不倫、SNS、忖度……。社会に対する炯眼もきらりと光る。読者のもやもやしていた気持ちがほぐれ、胸がすく。
「小説としてどこを膨らませれば面白くなるか、こういうこだわりがあるかなというのを連載中は常にリストアップして、5、6個ある中から選んでは物語として膨らませていきました。長編小説は書くうちに物語が回転していきますが、短編は短いので物語の回転力は期待せず、どこからどこまでを切り取るかが全てだと思う。切り取り方にかかっているので、最初から最後までクリアに見えてから書くようにしています」
小さな抵抗の物語が次々登場し、夫婦の話へとぐるっと回帰する。世の中にはいろんな人がいて、人はこんなに面白いんだなと思わされる。
「自分にとっての大事なものをいじましく持って生きている姿を、微笑ましく描けたらと思っていました。こだわりは人を縛るものでもあるし、他人から見るとどうでもよかったりしますが、その人をかたち作っているものでもある。連載を通して、自分のこだわりについても意識するようになりました。夫の部屋を掃除しないのは当たり前のことだと思っていたんですけれど、私個人のこだわりだったのかなと（笑）。原稿用紙5枚の中に、なるべく広い世界を詰め込みたいと考えていました。深刻なものよりくだらないなあという感じの話の方が、書いていて楽しかったかもしれないです（笑）」
1968年、東京生まれ。91年『リズム』で第31回講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。『宇宙のみなしご』『つきのふね』『カラフル』『DIVE!!』などでさまざまな賞を受賞。大人の小説にも幅を広げ、06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞、17年『みかづき』で第12回中央公論文芸賞、2017年本屋大賞2位を受賞。
「児童書から大人の小説に移ったというより、どんどん広がっている感じです。絵本、児童書、大人の本も長編小説、短編小説といろいろ書くことで、ずっと新鮮さを保ち続けていますね。1冊の本を作るときの感覚は、昔から変わっていないと思います。ネットやゲームなど面白いものがたくさんありますが、私は作家なので、今の自分にできるベスト、面白いと読んでもらえる本を書くしかない。非効率と言われがちですが、私は今も本を読むことが、いろんなことからの逃避になっています。読んでいる間だけは違う世界や違う人たちに触れられる。私にとって本は、すごく役に立つ存在です」
（青木千恵）
『できない相談』
森 絵都／筑摩書房／1,600円＋税
