Web版 有鄰

567令和2年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

歌舞伎座の怪紳士』 近藤史恵:著/徳間書店:刊/1,600円+税

『歌舞伎座の怪紳士』・表紙

『歌舞伎座の怪紳士』
徳間書店:刊

母は大手化粧品会社のラボに勤め、姉は眼科医。母と暮らし、生活費を負担してもらう代わりに家事を担当して月1万円をもらっている27歳の岩居久澄は、理系キャリアウーマンの母と姉に気後れし、先の見えないくすんだ日々を送っていた。ある日、もう10年以上会っていない父方の祖母からアルバイトを頼まれる。祖母の代わりに芝居を観に行き、空席を埋めるアルバイトだ。

チケット代は無料、劇場の座席に数時間座り、感想をメールするだけで日当5千円と交通費と諸経費プラス。楽で条件もいいバイトだと引き受けると、最初に送られてきたのは歌舞伎のチケットだった。観劇に出かけた久澄は思わぬ面白さに驚き、芝居の世界にのめり込んでいく。そんな久澄が劇場に行くたびに、いつも出会う紳士がいた。彼は一体何者なのか?

歌舞伎、オペラ、演劇。1枚のチケットをきっかけに芝居の世界に魅入られた久澄は、過去と向き合い、停滞していた日々が動き出す。劇場で起こる出来事と謎の紳士を絡めながら、久澄の人生が変わる劇場ミステリー。芝居に造詣が深い著者が、「摂州合邦辻」「身替座禅」などの演目を物語に盛り込み、ふとした気づきで変わる人間模様と人生の不思議さを描く。芝居の楽しさにも誘われる。

ロスねこ日記』 北大路公子:著/小学館:刊/1,300円+税

インターネット、とりわけSNSを覗くと、至るところに猫がいる。著者も猫好きでできることなら触れ合いたいが、できない。猫を飼っていないからだ。飼い猫が死んで15年近く、著者の生活からは猫の気配が消えていた。

「何かを育ててみてはどうでしょう」「動物じゃなくて植物はどうですか」と編集者に提案され、著者は植物を育てることになった。

手始めは「椎茸」だ。栽培キットが編集者から届き、開けると茶色の筒状をした「椎茸の素」が現れた。日に数度霧吹きで水をかけ、「しっとりとしている状態」を保って様子を見ていると、白い斑点部分が椎茸化し始める。椎茸に成長した写真を送ると、編集者が「けめたけ」と名前をつけてくれる。

椎茸に始まり、かいわれブロッコリー、豆苗、ヒヤシンス……と、著者は次々育てていく。それぞれに名前をつけて行動(?)を観察。増えていくため並行して栽培し、中には猫よりもはるかに寿命が短い植物もいて――。

猫のいない寂しさを、植物が埋めてくれるのか。「ペットロス(と植物栽培)」をテーマに、植物との日々を日記形式で綴るユニークなエッセー集。『生きていてもいいかしら日記』などで知られる著者の、約7年ぶりの単行本最新刊である。

空貝』 赤神 諒:著/講談社:刊/1,700円+税

天文10年(1541)、乱世の瀬戸内では海賊が出没し、悪逆無道の限りを尽くしていた。そんな無法者さえ近頃畏怖するのは「赤い巫女」である。巫女装束をまとった少女が現れては、海賊を蹴散らす。亀甲に波三文字の「三島神紋流旗」を掲げる小早船に乗る巫女は、大三島水軍を率いる大祝安房の妹、鶴姫だ。大祝家は村上水軍の氏神、大山祇神社の神事を司る家柄で、大祝家直属の大三島水軍を指揮する陣代(総司令官)は「祝様」と呼ばれ、安房が祝様を務めていた。

三島神紋流旗を掲げる船を標的にする海賊「黒鷹」を捜索し、海の安寧のためにも鶴姫は海賊退治に乗り出したのだが、天文10年6月、大内氏の水軍が大三島に襲来し、迎え撃った大祝安房は戦死してしまう。最愛の兄を亡くした鶴姫は、女陣代に就任。天賦の軍才を発揮して大内水軍を退け、亡き兄に重用され、天才軍師と呼ばれていた越智安成と衝突する。実は、この安成には裏があった。

「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で2017年に第9回日経小説大賞を受賞し、デビュー。『大友の聖将』『神遊の城』などの歴史エンターテインメントで注目されている著者の最新作。乱世の瀬戸内を舞台に、清廉で一途な鶴姫と若き軍師の愛憎をスケール豊かに描く。

涼子点景1964』 森谷明子:著/双葉社:刊/1,600円+税

1964年、東京オリンピックの開会を控えて日本中が沸く9月のある日、東京・新宿のはずれに暮らす小学生の健太は、ある少女と遭遇する。しゃれた制服を着た少女は涼子といい、健太の窮地を救ってくれた。きれいなお姉さん、涼子の謎めいた言動が気になった健太は、高校生の兄・幸一に、中学時代の同級生について尋ねてみる。

弟の健太から「涼子」という少女について問われた幸一は、中学時代の同級生を思い起こす。幸一が記憶する涼子はどちらかというと貧しい家の子で、私立校の制服や「お嬢さん」といった健太たちの証言と合わない。中学の卒業アルバムにも載っていないため、私立探偵よろしく、幸一は中学の同窓生たちに涼子について聞き回る。

小野田涼子は、人によってだいぶ違う印象を持たれる少女だった。聞き回るうち、幸一はあることに気づく。小学校の卒業アルバムで涼子の保護者として記されている「小野田辰治」、涼子の父親はどうなったのか?

小学生の健太、高校生の幸一、家政婦、同級生らさまざまな人物の視点から、涼子の姿が描き出される。父親が失踪、逆境を生き抜いていくひとりの少女を軸に、1964年の東京オリンピックと世相を絡め、戦後日本を振り返る長編ミステリー。

(C・A)

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