Web版 有鄰

568令和2年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

クスノキの番人』 東野圭吾:著/実業之日本社:刊/1,800円+税

『クスノキの番人』・表紙

『クスノキの番人』
実業之日本社:刊

不当に解雇され、倉庫に忍び込んで逮捕された直井玲斗は、突然現れた弁護士によって釈放され、柳澤千舟という女性と出会う。千舟は死んだ母の異母姉で、玲斗の伯母にあたる人だった。柳澤家の名に傷がつかないよう、係累に不祥事があった場合は当主の千舟に連絡が行くという。釈放の代わりとして、玲斗が千舟に命じられたのは「クスノキの番人」だった。

東京からだいぶ離れた月郷神社に、大きなクスノキがある。大樹の脇に巨大な穴が開き、中に入って祈れば願いが叶うといわれている。番人として神社に常駐することになった玲斗は、「祈念」に訪れる人々と出会う。若い女性が現れて、たびたび祈念に来る佐治寿明の娘、優美だと名乗る。優美に引っ張られてクスノキに近づくと、おかしな鼻歌が聞こえてきて……。

優美と知り合い、神社で番人を務めながら、玲斗は成り行きまかせだった生き方を振り返る。母が疎んじた柳澤家は不動産事業を主力にする財閥で、「女帝」の千舟に連れられ、玲斗は富裕層の内側を目にすることになる。

人気作家による書き下ろし長編。生きるとは、祈りとは、幸福とは。大樹をめぐって織りなされる人々の物語に引き込まれる。著者と小説の魅力を堪能できるエンターテインメント。

雪と心臓』 生馬直樹:著/集英社:刊/1,500円+税

クリスマスの夜、100キロ以上のスピードで暴走する車を2台のパトカーが追跡していた。警察が追うのは、火事の現場から少女を連れ去った男だ。猛スピードでバイパスをおりた男は、ハンドルを切り損ねて大けがを負う。〈こりゃ、だめかもな――〉。横転した車と男の様子を見て、警察官たちは絶望視する。

この物語の語り手である「ぼく」、勇帆は、地方の閑静な町に生まれた。勉強も運動も芸術方面も勝負ごとを楽しめない「残念組」で、双子の姉、帆名という存在が生まれついてそばにいたため、敗北が当たり前の日々だった。帆名は、なみの男子以上に勝気で常識外れなところが多かったが、優秀なので一目置かれていた。帆名に勝てるものを探す中、勇帆は得意なゲームを見つける。

中学生になった勇帆は、怒りっぽくてえこひいきをする教師に帆名が逆らい、冷遇されていることを知る。黙っている帆名ではなかった。文化祭でバンドをやると、突然言い出した帆名に勇帆は巻き込まれる。そんな中、両親の夫婦仲が悪くなる。

勇帆と帆名。双子の運命を描き、読後に深い余韻を残す青春ミステリー。著者は1983年12月、新潟県生まれ。2016年に第3回新潮ミステリー大賞を受賞し、デビューした新鋭である。

ポロック生命体』 瀬名秀明:著/新潮社:刊/1,700円+税

AI(人工知能)ブームに乗り、亡くなった国民的歌手の歌声がAIで再現され、人気作家や漫画家の“新作”が試みられている時代。高名な作家、上田猛の葬儀に向かった研究者の水戸絵里は、上田の息子で喪主の石崎博史と連絡をとる。石崎は元研究者で、ジャクソン・ポロックの画風をコンピュータに学習させて“新作”と称する絵画を制作し、AIと芸術を問うベンチャー企業《ポロック》を興した男だ。彼は死去した父の“新作小説”をAI創作で出版すると発表し、世間を騒然とさせる(表題作)。

大学院でロボットアームの研究をする久保田は、将棋AIと連携する《片腕》の開発で抜擢され、“人間が負けるロボットの腕”を作るために上京する。〈“人間らしい”指し方の棋士と、より“機械的”な棋士がいる〉。人間とAIの対局の先にある風景とは(「負ける」)。

“人間以外の応募も可”。文学賞の創設に尽力し、姿を消した作家の逸話を新人編集者が聞く「144C」、なぜ本を読んで感動するのか。本が好きで編集者になった女性の視点から問う「きみに読む物語」。将棋、小説、絵画など、“人間らしい”営みとAIの最先端を融合させた4編を収める。人間の特性をとらえ、未来を見つめたスリリングな短編集。

ダーク・ブルー』 真保裕一:著/講談社:刊/1,700円+税

日本海洋科学機関(JAOTEC)に属する大畑夏海潜航士ら潜航チームは、栄央大学教授の奈良橋俊彦が開発した新型マニュピレーターの検証実験でフィリピン沖に向かう。夏海は有人潜水調査船「りゅうじん6500」のパイロットで、深海に潜るたびに海の偉大さを感じていた。今回の新型マニュピレーターは、深海の水圧に耐える“腕と指”として調査を向上させると期待されている。

りゅうじん6500を搭載して運ぶ「さがみ」は、世界水準の設備を誇る専用母船だ。教授と共に検証実験に参加するアーム開発チームの久遠蒼汰は、警察から連絡を受け、研究に協力してくれていた名和大の研究者アキル・シナワットが、何者かに殺害されたと知らされる。

実験の場所は、太平洋の西域、フィリピン海盆。横須賀を出て那覇へ寄港後、順調に進んでいた「さがみ」の前に、不審な船が現れる。故障で助けを求める漁船と思われたが、銃弾が放たれた――。

海上で待ち伏せをし、「さがみ」を襲撃した武装集団の狙いは何か? りゅうじんを駆り、シージャック犯と深海に潜ることになった夏海の前に、巨大なダイオウイカが現れる。夏海、蒼汰ら群像が躍動し、深海の光景が描かれる。海を舞台にしたスケールの大きな作品である。

(C・A)

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