Web版 有鄰

574令和3年5月10日発行

木下昌輝と『応仁悪童伝』 – 人と作品

大乱の時代に抗い、生き抜く子供たちを描いた歴史エンターテインメント

木下昌輝
木下昌輝
写真提供:Let’s Groove

堺、京を舞台に、当時の風習と人の生きざまを描く

少年たちが乱世を生き抜く、歴史長編小説である。

「出版社との打ち合わせで応仁の乱を提案したら、南朝と結びつけて書いてくださいと言われました。西陣南帝(西軍が擁立した南朝)の題材を考えて難儀する中、ご両親を戦争で亡くした知人から聞いた子供時代の話を思い出したんです。乱世を、子供たちが生き抜いていく話はどうだろうと考えました」

寛正7年(1466)、罪人ら、訳ありの人々が駆け込む公界のひとつ、堺の慈済寺に、2人の少年が身を寄せていた。中稚児の一若は、畠山家の内紛で戦火が広がる河内から、姉と生き別れて1人で逃げてきた。幼い頃に寺に預けられた熒は上稚児だ。実父により上稚児の身分を剥奪された熒は、一若を巻き込んで寺を飛び出す。

「西陣南帝から調べていくうちに、今では考えられないような室町時代の風習に関心を覚えました。稚児灌頂など当時の風習を描くなら、英雄より子供目線の方がいいだろうとも思いました。底辺からのし上がって土一揆や足軽の生きざまを体現する、面倒見のいい一若。南朝の血を引く上流階級の出で、才色兼備だが繊細な熒。バディものをイメージして対照的な2人にし、不穏な世の中で、どちらも底知れぬ悲しさを抱えているところを出したかった」

2人は女芸人の真板や孤児たちと出会い、京の町で仲間になっていく。

「資料を読み込むほど書きたくなり、本筋と違うから削ったエピソードがかなりありました。人間てなんでこんなことをするんやろ、どこまでを人と言うんだろうと感じながら書いています。その疑問は、こんな風習がなぜ信じられていたのかに繋がる。当時の環境が人を幸せにしていたとは限らず、目前の状況に抗う者がいた。その姿に、今と通じる人間らしさがある気がして書きたくなります。生まれついた時代の業が課せられる中、新しい業を自分に課せた人間が幸せになるのかなと、僕は漠然と考えています。熒が復讐という業から踏み出して、自らの業を別の世界にぶつけるなら、苦しくても前向きだし、生きる価値があると思うんですよね」

長所も欠点も併せ持つ人の業を、作品を通して描く。

「同じ題材でもどう描くかで変化が生まれ、作家の個性が出るので歴史小説は面白いですが、試行錯誤です。人への興味が先で人物主体で書いてきましたが、澤田瞳子さんの『火定』を読み、僕と正反対のことをしていると思いました。天平のパンデミックを通して業を描いた手法に刺激され、いろんな作家のいいところを取り入れていってみたいなと。今回の小説は、応仁の乱という事件を通して人を描くことに取り組んだ、僕としては実験的な作品です」

生の歴史の人間臭さに惹かれる。人を楽しませる物語を描きたい

1974年生まれ。近畿大学理工学部建築学科卒業後、ハウスメーカー勤務を経てフリーライターに。大阪文学学校で小説を学び、2012年「宇喜多の捨て嫁」でオール讀物新人賞を受賞。15年、『宇喜多の捨て嫁』で歴史時代作家クラブ賞新人賞、舟橋聖一文学賞。19年、『絵金、闇を塗る』で野村胡堂文学賞、20年『まむし三代記』で日本歴史時代作家協会賞作品賞と中山義秀文学賞を受賞している。

「子供の頃から歴史に興味があって漫画の『日本の歴史』を読み、高校大学時代は司馬遼太郎作品を読んでいました。正史の『三国志』も高校の時に読んで、脚色された英雄豪傑譚でない生の歴史の人間臭さに惹かれました。27、8の頃に古武道の竹内流と出会い、戦国時代に生まれて受け継がれた武道から歴史のありようを肌身で感じたのですが、言葉でうまく表現できなかった。言葉で説明できる感動など書いても仕方がないと大阪文学学校で聞いた時、竹内流の世界を書いたらどうだろうと。そこであらためて歴史を見直し、書いた小説でデビューしました」

今年「別冊文藝春秋」で連載を始める。宇喜多家の出の坂崎直盛と宮本武蔵を、大坂の陣を通して描く構想だ。

「元々はアニメーター志望でしたが、バレーボール部の日記に書いた文章をみんなが面白がってくれて、人を楽しませるのは一緒やし小説家になりたいと、高校の時に思いました。厳しい生活の合間のちょっとした清涼剤になるのはすごいことだと思って、それからずっと、誰かを楽しませる物語を描けたらなと思っています。実際には、僕自身が面白がっているところもあります」

(青木千恵)

『応仁悪童伝』・表紙

応仁悪童伝
木下昌輝/角川春樹事務所/1,980円(税込)

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