Web版 有鄰

574令和3年5月10日発行

有鄰らいぶらりい 

悪の芽』 貫井徳郎:著/KADOKAWA:刊/1,925円(税込)

『悪の芽』・表紙

『悪の芽』KADOKAWA:刊

巨大コンベンションセンターで開かれ、3日で延べ10万人が詰めかける「アニメコンベンション(アニコン)」で、死者8名、重軽傷者30数名に及ぶ無差別殺傷事件が発生した。現場で焼身自殺をした犯人は、斎木均という41歳の男だった。

大手都銀で順調に出世コースを歩む安達周は、ニュースで事件を知り、犯人が同年であることをまず意識した。引っかかりを感じてニュースを追ううちに、斎木が小学校時代の同級生で、彼がいじめられ、不登校になるきっかけを作ったのがほかならぬ自分だったことを思い出す。罪悪感に苛まれて体調を崩した安達は、休職中に斎木について調べることにする。

マスコミやネットユーザーが騒然とする中、小学生の頃に斎木へのいじめ加害者の1人だった真壁も、自分に火の粉が飛んでこないかと怯えていた。安達は真壁と連絡をとり、斎木の家族やアルバイト先の同僚と会い、予想とは違う斎木の人生に迫っていく。悪の芽はどこで生じ、事件はなぜ起きたのか。

元同級生、動画投稿者、遺族。〈義憤に駆られた一般市民が住所を曝したのだろう。いやな世の中だし、明日は我が身と思うと空恐ろしくなる〉。安達が知る、斎木の人生とは? 現代を活写する著者の最新長編ミステリー。

つまらない住宅地のすべての家
津村記久子:著/双葉社:刊/1,760円(税込)

朝起きると、中学生の亮太は母親の部屋に直行する。窓と雨戸を開けて、洗濯物を取り込む。母親が出ていったことを近所に知られないためだ。父親は日に日に家事の腕前を上げている。

刺激に飢えた狭い世界に生きる小学生の弟が、2つ隣の家に住む同級生をけなしているのを聞き、千里は苛立ちを感じている。路地の出入り口で3軒分を有する千里の家は複雑で広い。生まれてからずっと一緒に暮らす祖母は、どこか距離がある人だ。

上司をはじめ、自分の「好み」から外れるものすべてを蔑んでいる望は、路地の一角に1人で暮らす25歳の会社員だ。高齢者も好まないのだが、隣の老夫婦宅から漂う料理の匂いに刺激されている。最近の路地は、横領罪で服役していた36歳の女が脱走し、この地域に向かっているニュースで持ちきりだ。「36歳」と聞いて蔑む望だったが、隣の老夫婦から道路の見張り用にと、植え込みの伐採を頼まれる。

父子家庭、邸宅、単身世帯、高齢世帯、キャリア夫婦など、路地を囲む10世帯の人々が逃亡犯の脅威をきっかけに揺れる。世帯それぞれの事情を、事件の展開を交えて描いたユニークな家族小説。悩ましいが、この一画と暮らす人々に惹かれてしまう。

9月9日9時9分』 一木けい:著/小学館:刊/1,980円(税込)

父の赴任について母と漣はタイ・バンコクに行き、短大進学が決まっていた姉は日本に残った。それから8年。両親と漣がタイにいる間に姉は結婚と離婚をし、中学2年の時に帰国した漣は、すっかり痩せて笑顔をなくした姉とまた暮らすことになった。

〈タイの人たちは温かかった〉。猛勉強をして高校に入学した漣は、電車で痴漢に遭って誰にも助けてもらえず、タイと違う日本の生活に馴染めない。そんなある日、学校で2年の男子生徒に一目ぼれをする。話しかけたものの、あっさり断られてしまう。

ふられた漣だったが、電車でまた痴漢に遭ったのをその先輩に助けてもらう。漣の名を知っていた彼、朋温は、姉の元夫、修一の弟だった。2人は恋に落ち、それぞれの家族に打ち明けられない。〈あの人に恋すること=嘘をつくこと。私は、大切な家族に嘘をつくようになった〉。

漣と朋温の恋はやがて家族に知られ、不幸な結婚から立ち直れない姉を揺るがすことになる。姉の心の傷を知った漣は――。初恋、家族、友人、日常で目にするもの、成長する痛み。バンコク在住の著者が描く、日本とタイの情景があざやかで、揺れ動く漣の心情が切ない。漣ら10代の成長と大人たちの再生をみずみずしく描いた、優れた青春・家族小説である。

あなたも名探偵』 市川憂人ほか:著/東京創元社:刊/1,980円(税込)

陰鬱な写真ばかり撮り、好事家には知られた写真家の屋敷を訪れた少年、九条漣。過去の資産を食い潰して諍いの絶えない屋敷で、雪降る日に事件が起こる(市川憂人「赤鉛筆は要らない」)。

ジャムの代わりにマスタードを詰め、マスタード入りが誰に当たるか遊ぶゲームをする、ドイツ風の揚げパン“プファンクーヘン”。実際にゲームをやり、マスタード入りが当たった部員が記事を書くことにした新聞部だが、食べた全員が「旨かった」と言った。マスタード入りを食べたのは誰?(米澤穂信「伯林あげぱんの謎」)。

土居駅と中田駅を結ぶ、通称『どいなか線』は、存続の危機が危ぶまれるローカル線だ。沿線に暮らす男が強盗に遭い、“土居市でいちばんの私立探偵”手代木に調査を依頼する(東川篤哉「アリバイのある容疑者たち」)。

〈【読者への挑戦】謎を解く手掛かりはすべて揃いました。さて、犯人は誰か?〉の一文を中間に挟み、前半(問題編)に手掛かりを置き、後半で謎解きを物語る趣向の犯人当て小説アンソロジー。市川憂人、米澤穂信、東川篤哉、麻耶雄嵩、法月綸太郎、白井智之、人気推理作家6氏が競作した6編を収める。「犯人は誰か?」をあなたも解けますか? 推理ファンには堪らない1冊だ。

(C・A)

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