Web版 有鄰

576令和3年9月10日発行

「宇宙で最初の星」の発見を試みるウェッブ 
10月に打ち上げ予定 – 2面

鈴木喜生

図1 ハッブル宇宙望遠鏡

図1 ハッブル宇宙望遠鏡
写真提供/NASA

ハッブル宇宙望遠鏡のコンピュータに不具合が発生したことを、NASA(米航空宇宙局)が6月13日に公表した。この問題を解決するためにコンピュータの再起動などが続けられていたが、1か月以上の調整を経て7月下旬、どうにか復旧にこぎつけたようだ。

ハッブルにトラブルが発生した際、かつてはスペースシャトルの船外活動などによって修理が行われてきた。しかし、シャトルが退役したいま、それもできない。NASAが当初設定したハッブルの設計寿命は15年だが、その運用は今年で31年目を迎え、老朽化が進んでいる。

一方、その後継機となる「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」(以下、ウェッブ)の打ち上げが10月に迫っている。ノースロップ・グラマン社が製造し、NASAと欧州、カナダが共同で運用するこの最新鋭機は、あらゆる点でハッブルの性能を上回る。ウェッブの使命のひとつが「宇宙で最初に生まれた星の観測」であることからも、そのハイスペックぶりが理解できる。この「ファースト・スター」を目的にしたミッションは、人類初の試みと言える。

550キロメートル離れた場所のサッカーボールを識別

図2 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

図2 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
写真提供/NASA

ウェッブは過去最大の宇宙望遠鏡である。主鏡の直径は6.5メートルで、これはハッブルの2.7倍、面積比では約6倍の大きさだ。また、魔法の絨毯のようなサン・シールド(日よけ)は22×12メートルというサイズであり、これはテニスコートと同等である。主鏡もサン・シールドも巨大すぎるため、折り畳まれた状態でロケットの頂部に搭載され、打ち上げ後、宇宙空間で慎重に展開される。

ハッブルが主に可視光線(我々の目に見える光)によって観測するのに対し、ウェッブは赤外線を捕捉する。つまり「赤外線宇宙望遠鏡」である。はるか彼方の星が放つ、ほんのわずかな赤外線をウェッブが捉えようとするとき、太陽や地球が発する熱は邪魔になる。なぜなら赤外線は熱によって放射されるからだ。それを排除するため、五層構造のサン・シールドを太陽や地球に向けて遮断し、望遠鏡をその陰に隠す。この機体姿勢を保つことによって太陽熱は100万分の1まで低減できる。同時に搭載したクーラーを稼働し、望遠鏡を絶対零度近くまで冷却する。

ハッブルは地球を周る軌道上にあるが、その高度はわずか540キロメートル。もしウェッブが同じ軌道を飛べば、温暖な地球が放つ赤外線を存分に浴びることになる。それでは観測精度が落ちるので、ウェッブは太陽を周回する軌道に乗せられる。

太陽を中心とした丸い競技用トラックがあるとすれば、内側のレーンを地球が、外側をウェッブが駆けることになる。このとき、太陽と地球を結んだ延長線上の、地球から150万キロメートル離れた外側レーンにウェッブを配置すれば、ウェッブは動力を使用することなく、地球の重力に引き寄せられつつ、しかし一定の距離を保ちながら、地球とともに太陽を周回し続ける。「ラグランジュ点(L2)」と呼ばれるこの特殊な軌道に投入することで、ウェッブを太陽から遠ざけ、地球からも距離をおくことができるのだ。こうした徹底的な熱管理を行った結果、ウェッブの赤外線望遠鏡は驚異的な解像度を獲得する。それは40キロメートル先にあるUSペニー硬貨、または550キロメートル先のサッカーボールを識別するほどだ。

ファースト・スター136億年前の光

ファースト・スターとは、ビッグバンの発生後、最初に宇宙空間に光を放った星や銀河を意味する。たとえば私たちが1億光年離れた星を観測するとき、その光は1億年前に発せられ、1億年の間ずっと宇宙を飛び続け、いまやっと地球に届いたことになる。言い換えれば我々は、その星の1億年前の、過去の姿を観たことになる。

では私たちは、どこまで遠くの星、どれだけ古い光を見ることができるだろう。これまでの研究によってビッグバンは138億年前に発生したことが分かっている。ただし、ビッグバン直後の宇宙はとても熱く、電子と原子核がバラバラの状態で飛び回っているため光が直進できない。その宇宙の温度が摂氏3千度まで冷えたとき、やっと電子と原子核が結合して分子となり、光が直進できる空間・環境が生まれた。これを「宇宙の晴れ上がり」という。ビッグバンから約38万年後のことだ。しかし、このときもまだ宇宙に星はなく、暗黒な空間でしかない。

やがて分子は宇宙のチリやガスとなって集積しはじめる。そしてビッグバンから1億年から2億5千万年が経過したころ、やっと「ファースト・スター」が誕生する。その星が放った光は約136億年飛び続け、現在の地球にやっと届いている。つまりジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、地球から136億光年離れた場所で、136億年前に発せられた、宇宙最古の光を捕捉するためのタイムマシーンでもあるのだ。

なぜ赤外線によって最初の星を探すのか?

なぜウェッブは赤外線を観測するのか。その理由は、ファースト・スターが赤外線によって捕捉できるからだ。それを極力わかりやすく説明したい。

赤外線とは「電磁波」の一種である。電磁波は、ガンマ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、電波に大別できる。では、それらの違いはどこにあるかというと、波長の長さだ。右記の列記の順番のとおり、ガンマ線の波長がもっとも短く、電波がもっとも長い。電波における周波数は理解しやすいだろう、つまりこれが波長だ。同様に、我々が目視できる可視光線の波長が変わると、虹のスペクトルの順番のとおりに光線の色が変わる。

ウェッブが赤外線望遠鏡を採用するのは、その波長でしか観測できない星がターゲットだからだ。ウェッブの観測対象は古くて遠い星であり、それらが136億年前に発した光は赤外線でしか捕捉できない。

なぜか。それはビッグバン以降、宇宙空間が膨張し続けているためだ。たとえば、遠ざかる救急車のサイレン音は、ドップラー効果によってその音程を下げる。同様に、宇宙の膨張によって地球から遠ざかる星の光(可視光線や紫外線など)は、宇宙空間の膨張とともにその波長が引き延ばされ、地球に届くころには赤外線に変化する。これを「赤方偏移」という。そのためウェッブにおいては赤外線による観測が唯一の手段となるのだ。

赤外線を利用するもうひとつの理由は、その透視性にある。宇宙空間に多く存在するチリやガスは可視光線の行く手を阻むが、波長が長い赤外線はそれらに干渉せず、赤外線暗視カメラのように、被写体を透視し、その向こう側の領域まで撮像できる。つまり、可視光線による観測よりも、より遠方まで撮像することができるのだ。

地球の大気は天候を変化させ、星が瞬く原因となり、かつ赤外線を吸収してしまうが、ウェッブのような赤外線望遠鏡を宇宙に浮かべれば、その制約からも解放され、極度に高い精度で星を観測することができるのだ。

1968年以降、人類は80機以上の宇宙望遠鏡や天文観測衛星を打ち上げてきた。なかでもハッブルは天文学に多大なる貢献をもたらし、人類がはじめて目にする宇宙の姿を色鮮やかに映し出してくれた。一方、ウェッブによる撮像データは、我々が赤外線を視認できないのと同様に、そのままでは単なるデータに過ぎない。しかし、その赤外線データはイメージング処理を施すことにより、ハッブルのような可視画像に変換することもできる。ハッブルの後継機たるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、人類がいまだ見たことのない、宇宙における一番星の姿を、きっと見事に捉えてくれるだろう。

鈴木喜生(すずき  よしお)

1968年愛知県生まれ。宇宙、科学技術、第二次大戦機、マクロ経済学関係のライター、編集者。著書『宇宙プロジェクト開発史大全』 枻出版社 2,420円(品切)など。

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